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2009年7月16日 (木)

ネパール子連れ旅思い出し日記*散歩

夕暮れ時、よく散歩をした。

時々、お連れがいた。
向かいのラムチャランという名前のおじさん、

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サドウ(行者さん)。
近所の女の子。

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言葉は通じないが、何やかんやとしゃべりながら歩く。
途中で、どこからか帰ってくる、
太郎くんや風歌と ばったり会うこともある。

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メインの通りから、わき道へ入る。
どこまで行っても、土の道が続いている。

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歩いていると、
どこからか、呼ぶ声がする。
「アンテイ!アンテイ!」
aunt=おばさん→ん?私のこと?
まあ、日本語よりは、可愛い響きやな。

呼んでいたのは、むこうの麦畑で、働いているミラ!

うわー、みんなちゃんと働いているんやなあ。

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「おーい!ごくろうさま!」

村はずれまで、歩いてゆくと、
見渡す限り、田園地帯が広がっている。
サリー姿や、パンジャビ姿の女の人たちが、
夕日の中で、作業をしている。

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まるで、ミレーの絵のようだ。

陸の孤島と呼ばれているような、
過疎の山里で暮らしている私たちにとって、
どこへ行っても、子供や動物たちで溢れ、
お年寄りも、若者も、生き生きと、野良仕事に勤しんでいる 
活気あるこの村の様子が、
とても、新鮮だった。

そして、車に侵略されていないこの村に、
何とも言えない 開放感を感じた。

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車の心配をせずに、
子供たちが、気ままにぶらぶらと歩けるというのは、
何と、幸せなことだろう!
(水牛に ぶつからないようにね。)


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カーストが低く、とても貧しい地域だと聴いていたが、
ここで見る限り、肥沃な土と、豊かな水があり、

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家の中の巨大な壷の中には、穀物がたっぷり蓄えられている。

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冬の今でさえも、キャベツやニンジン、カリフラワー、ジャガイモ、豆類、高菜、、、、
さまざまな、野菜が収穫できている。

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夏になれば、さまざまな果物が 次々と熟し、

食べきれないほどだろうし、

(庭のマンゴーの林に実がいっぱいぶらさがっているのを、

想像するだけで、ヨダレが出そう。)

漬物や、乾物などの、日本とよく似た保存食の知恵もある。

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スパイスや油も、完全では無いが、自家製を使っている。

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(↑ターメリックをふるいにかける。)

歩いてまわれるほどの大きさの、この村の中で、
ほとんど、自給できているではないか。

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食料自給率が40%と言われる日本は、
毎日 口にするパンや豆腐の原料さえも、
輸入に頼っている。
輸入先の国と、トラブルでもあれば、
たちまち、食糧不足になるかも知れない。
お金を持って、店へ行っても、
買う物が、何も無いという事態が、
起こるかも知れない。
そうなると、お金の価値なんて、無くなるのだ。

貯金をどれだけしているかよりも、
私は、壷に一年分のお米がぎっしり詰まっていて、

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次の年に蒔く種があって、

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耕す土地があることこそが、
「豊かな暮らし」「「安定した暮らし」だと思うのだけど・・・・。

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そして、依存しない、手づくりの暮らしを持続してゆく知恵こそが、
財産だと思うのだけど。

私は、そういう暮らしに憧れる。
そんな暮らしに、少しでも近づきたいと思う。

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他国で何が起ころうと、
日本の経済が破綻しようと、
子供たちが、
どっしりと、大地と根を張り、
生き抜ける知恵を育むような教育を
私は、何よりも、まずは大切にしたいと思う。
この村の子供たちのように。

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そんな豊かで、美しい村であるが、
時代の流れと共に、暮らしぶりも、
変化していっているようだ。

若者たちは、
昔ながらの、ハーブなど天然の物で、歯磨きや洗髪をしない。
香りのきつい石鹸や歯磨き粉、
合成洗剤などを、たっぷり泡立てて、垂れ流していた。
こういうもの・・・、
<大地からは、生まれてこないもの>は、
現金で買うしかない。

おまけに、こういうもの・・・、
<大地から、生まれてこないものは>大地へ還らない。
そのことに気がついている 村の人はいるのだろうか。

現金収入の為に、村人たちは、インドへ出稼ぎに行っている。
家畜の世話役だけ残して、
一年に一度の田植えの仕事らしい。
インド人がバスで迎えに来て、子供も大人も、皆行くと言う。

あるいは、一族の中で何人かが、
家族を離れ、都会や海外へ出稼ぎに行っていたりする。
近くに住むアンビカの従兄弟は、
シンガポールで働き、
この大きなテレビと一緒に帰って来たのだと、
誇らしげに言った。
テレビやDVDデッキ、自転車などの高価なもの、
それから、レンガ造りの家などがあるところは、
誰かが海外で稼いでいるのだろう。
現金収入が、
村の暮らしを支えている面も、確かにある。

私にしたら、家族が離れ離れで暮らさなければならないくらいだったら、

テレビもDVDも、無けりゃ、無くてもいいし、
シャンプーや洗剤もいらんわ、
アマが手作りしている、天然の歯磨きや
薬、オイルなどがよっぽどいい。

・・・なんて、そんなこと、

出稼ぎしなくても、いつでも欲しけりゃ手に入る日本人だから、言えるんだろうな。

テレビはいらないけど、PCは毎日使ってるしね。

願わくば、

土と共に生き、
季節の巡りに寄り添って暮らしを営む、
チョウダリの人々が、
この豊穣な大地や、川が、
末永く、健やかであり続けますように。

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