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2009年7月 7日 (火)

ネパール子連れ旅思い出し日記*村の暮らし3

2月16日

朝から、アマ(お母さん)たちは、
台所で、ずっと、作り続けている。

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かまどに、火ははいりっぱなし。

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今日は、
私たちを、ここへ連れて来てくれた、
カンチュウさんとアンビカが、
カトマンドウへ帰ってしまう。
(とんぼ帰りの帰省だった。)
2人に持たせる、お土産の、
郷土料理を せっせと作っているようだ。

ここで採れたもち米の粉で作った チャパテイ。

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米の粉で作るチャパテイなんて、初めて。
米どころならではの味。
もちっとして、とても美味しい。

米粉を練って、棒状に伸ばし、蒸したデイグリ。

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ちまきのようなもの。
塩も砂糖も効いてない、なんとも、素朴な食べ物。

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めちゃくちゃ辛いか、甘いか、どちらかというような、
刺激的な食べ物を食している、
ここの人たちが、
なぜ、こんな<味の無いもの>を、
わざわざ手間をかけて作るのか、わからない。
お祭りや、結婚式など、特別なときに作るものらしいが。

味は無いが、うちの子供たちにとっては、
マサラ無しで安心して、食べられるものの
貴重な一つだった。

それから、ふやかしたダル豆を、マサラで、しっかり味付けし、
団子にしたものを、蒸し、

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そのあと、乾燥させ、

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さらに、輪切りにして、油で揚げたもの。

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これも、とても手間がかかっている。
蒸したり、乾かしたりせずに、
そのまま揚げたのでは、いけないのかしら?

お昼は、
カンチュウさん夫婦との、最後の食事のために、
特別に、ニワトリが絞め殺され、
私たちも呼ばれて、
一緒に、ダルバートを食べた。

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コップに 自家製のジャール(どぶろく)が、
なみなみと、注がれた。
このお酒も、
米どころならではのもの。
どの家でも、仕込んでいて、

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何かあれば、たっぷりと振舞われる。
口当たりは、甘くて、
飲みやすいかんじだが、かなりきつくて、
酒に弱い私は、ペロっと、一舐めするくらいで精一杯。

ここの人たちは、
何杯も飲んでいて、驚かされる。
もしかしたら、子供の頃から飲んでいるのだろうか?

さて、山ほどの、お弁当と、
採れたての野菜や、米など、
箱や袋に、どんどん詰め込み、
縄で頑丈にしばられ、荷造りが進む。

ブバ(お父さん)が、
優しい眼差しで、それを見守っている。

都会の野菜は、美味しくないからと、
自分の畑で採れた 米や野菜を、
娘や孫たちに、食べさせたい親心。
なつかしい、チョウダリの村の食べ物を、
待っている人たちにも、食べさせてやりたい親心。
道中、食べ物に困らないように、
じゅうぶん持たせてやりたい親心。

そういう雰囲気が、いっぱい伝わってくる。

日本のように、宅急便があるわけではないので、
このような時にしか、
持たせてあげられない。
そして、ここから、カトマンドウへは、
果てしなく、遠い道のりを、行かなくてはならない。
(京都からネパールへ行くよりも、時間がかかるのだから!)
カトマンドウへ行ったことも無いアマ(お母さん)たちにとったら、
外国にでも、行ってしまうような気持ちなのだろう。
無事に着きますように、
また会える日まで、元気でありますように、という願いを、
たくさんのお土産に託しているようだ。

それにしても、
こんなにたくさんの荷物と一緒に、
カンチュウさん夫婦は、
どうやって、カトマンドウまで、移動するのだろう。
ローカルバスで、揉みくちゃになりながらも、
助けてもらったりして、
たくましく、時には、あつかましく(?)、
何とかするんだろうなあ。
(バスの旅では、よくそういう場面に出くわすのだ。)

お別れに、写真を撮り、

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一昨日の夜、ここへ来たときと同じように、
頭をチョンとする挨拶をして まわっている。
来たときと同じ、
静かなお別れの ひととき。

そして、
思い荷物を、子供たちが、
一つづつ、頭に載せて(しかも、両手放しで!)
大通りまで、見送りに行った。
たのもしい、子供たち!

日本人のように、両腕に抱えたり、
脇に抱えたりするのよりも、
頭に載せる方が、
身体の負担も少なく、
重たいものを運びやすいのだろうと思う。
だいたい、世界中を見ても、
こうやって、
頭に物を載せて運ぶ民族の方が、
多いのではないだろうか?

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私は、このスタイルに、
とても憧れている。

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うちの子供たちにも、
是非、このやり方を マスターして欲しいものだ。
(私は、ダメだったけど。)

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さあ、
通訳してくれたり、
村の生活や習慣を説明してくれていた、
カンチュウさんは、いなくなってしまった。
これからは、簡単な英語さえも、通じない。
ネパール語だけで、やっていかなくちゃ。
頼りになるのは、薄っぺらいネパール語会話集一つ。

どうなることやら!


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