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2009年7月17日 (金)

ネパール子連れ旅思い出し日記*村の女たち。

アマ(お母さん)は、貫禄のある身体に、
チョウダリの伝統的な衣装を身に纏い、
背筋を伸ばして、裸足で歩く。

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ブバ(お父さん」)と共に、
健康の為だと、何年か前からサカハリ(菜食主義者)になり、
お酒も止めたそうだ。
ニームの木の枝を、
ちょいと、手折ってきて、葉を磨き、

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お腹の調子が悪いときは、
薬草を石で、コンコンとつぶして、
水と共に、ゴクリと飲んでいた。

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娘たちのように、石鹸や歯磨き粉は使わず、
昔ながらの暮らしを貫いていた。
カメラを向けても、自然体で、
恥ずかしがることも、身構えることもなく、
最高の笑顔を返してくれた。

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アマや裏のおばあさんや、お嫁さん。
土の家に、夜になると なんとなく女たちが集まってくる。
タルー語が 話せたら、
いっぱい聞きたいこと、話したいことがあるのに、
会話集片手に、
たいした話もできなくって、もどかしいが、
何や、かんやと、しゃべってみる。

まず、私の歳を聞いて、みんな驚く。
もっと若く見えるという。
42歳というのは、ネパールでは、たぶんお婆さんの歳なのだと思う。
子育ても一通り終え、孫もいるだろうし、
それだけのことを、経験しただけの、落ち着きもあるだろう。
私のように、未だ子育て初心者マーク。
3歳児の駄々っ子に、手を妬いていたりするのとは、
同じ40代でも人生の段階が違うのだ。

あるいは、強烈な太陽や、乾燥した空気に晒され、
子供の頃から 毎日野良仕事に明け暮れた 村の人の42年と、
日本人の、42年。
皺の刻まれ方も、老け方も、全然違うのだろう。

「アマは 幾つで結婚したの?」
「子供は何人いるの?」

みんな、いっぺんに打ち解けるのは、
この手の話だ。

普通は、10代の半ばで、親が決めた家へと嫁ぐ。
結婚式では、まだ幼い花嫁は、皆泣いてしまうと言う。
10代後半で、最初の子供が生まれる。

「アマも、お嫁に行くときは、泣いたの?」
「若い頃は、ずーっとお腹が大きいか、おっぱいあげてるかのどっちかだったんだね。」

そんな話を、身振り手振りですると、
みんな、笑って頷いたり、今度はこちらに質問してきたり。

「おっぱいは、何歳まであげていたの?」
アリナのお母さんが、私に聞く。

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「風歌と太郎は2歳。光は、ついこの間やめたところ。3歳よ。
でも、ほとんどの日本人は、1歳くらいで止めてしまうよ。あなたは?」

「アルピンは、まだ飲んでいるの。ネパールでは、遅くまでみんなおっぱいを飲むのよ。」

そんな 他愛も無いやりとりが、続く。

女は、身ごもって、お産して、おっぱいあげて・・・。
なーんや、日本人もネパール人も、同じやんか!

みんな、そんな顔をして、笑っている。

そう、女たちよ
土の上に暮らそうが、高層マンションに暮らそうが、
島に暮らそうが、砂漠で暮らそうが、
世界中どこ行っても、これだけは、みんな同じなのだ!

なんだか、うれしくなるなあ。

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