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2009年7月17日 (金)

ネパール子連れ旅思い出し日記*赤ん坊のいる暮らし

アンビカのこの家には、
沢山の少年少女たちが、時間を問わず、 出入りしている。
もしかしたら、
珍しいお客さんがいるから(私たちのこと。)、
気になって来ているのかも知れないけれど、
挨拶も何も無しに、
当然のように、入ってくる。
ここのアマ(お母さん)や、ブバ(お父さん)も、
気にもとめていない様子。

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勝手にトウモロコシを取ってきて、焼いている。
電気が通っているときは、テレビを観ている。
井戸端に洗い物が溜まっていたら、洗っている。

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料理の下ごしらえと、手伝っている。

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年頃のお兄さんでさえも、
フラリとやってきて、
お婆さんの隣に座って、一緒に豆の皮を剥き始める。
小さな子と遊んでやっている。

誰がここの家の子なのか、
親戚なのか、ただの友達なのか、
最初は、区別がつかなかった。

どうも、ここの人たちは、
甥や姪を、自分の息子や娘のように言うことがあるし、
叔父や叔母を、父や母と言ったり、
そして、従兄弟たちを、兄や弟と、と言っていたりするようだ。
最初は、「一体、何人子供を産んだのだ?」と、わけがわからなかったが。

まるで、一族の年寄りは、みんな自分のお爺さん、お婆さん、
そして、大人は、お父さん、お母さん。
子供たちは、みんなの子供・・・・と言うかんじだ。

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完全な核家族で育ち、
親戚や祖父母とは、滅多に会わなかった私にとって、
こういうつながりの中で、
育っていくということは、とても興味深いことだった。

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お母さんがいなくても、誰かがお母さんのように抱いてくれる。
お父さんがいなくても、お爺さんや 叔父さんが、手仕事を教えてくれる。
どこかのお姉さんが一緒に寝てくれる。
どこかのお兄さんが、遊んでくれる。

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甘えてくる、妹や弟が、何人もいる・・・・。

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なんと、豊かな人と人とのつながりの中で、育てられるのだろう。
その豊かなつながりの中で、うちの子供たちも、
可愛がってもらえたのだ。

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そして、周りには、常に赤ん坊がいる。
誰かが子守をしてくれる。
(赤ん坊を ちょっと みていてくれる人がいるというのは、
忙しいお母さんにとって、どんなに助かることだろう。)

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幼い子が、自分の小さな腰骨の上に、
ちょこんと、赤ん坊を乗せて、
器用に抱きかかえつつ、遊んでいる。
この子たちこそ、まだまだ甘えたい年頃だろうに、
母親と同じように、
赤ん坊が、どうやったら泣き止むか、
どうやったら、喜ぶか、
熟知している。

私は 30過ぎて、自分が赤ん坊を産むまで、
抱き方も、どんなに可愛いいかってことさえも、
よく知らなかったというのに。

私にとって、
赤ん坊という生き物は、
その表情の変化、動作、感触、匂い、、、
一緒に暮らしてみて、抱いてみて、添い寝してみて、おっぱいあげて・・・、
そういう経験を積んで初めて、
心底可愛いなあと思うようになった。
産めば産むほど、そう感じるようになった。
(可愛いだけじゃないってことも、知ったけどね。)

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身近に赤ん坊がいない所で育った人にとって、
赤ん坊の存在というのは、
かつての私がそうであったように、
結構、未知なものなのではないかと思う。
可愛いのは可愛いが、どう相手したらいいのか、わからなかったり
泣かれると、うるさかったり、
全く関心が無い人だって、いるのではないだろうか。
(もちろん、身近に赤ん坊がいない人たちの中にも、
赤ん坊を、とても愛している人たちは、沢山いるだろうけど。)

アジアを子連れで旅してみて、
日本と決定的に違うのは、
子供を見る、現地の人たちの、温かいまなざしだった。
子供をいっぱい産み育てたであろう、
お年寄りはもちろん、老若男女、すべての人たちが、
どこへ行っても、温かく迎えてくれる。
子供を見るや否や、その人の中で何かが感知するみたいに、
表情が変わる。
バスで居合わせた、ニキビ顔の若いお兄さんたちが、

光ちゃんを見つけて、
照れながら、「この子を、抱っこさせてください。」と、
言って来たのには、感動してしまった。(タイでの話。)
日本では、ありえないんじゃあないか。

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これって、たぶん、
身近に赤ん坊がいるところで育ったかどうかの違いが、
大きいのではないかと 私は思う。

弟2人の出産の一部始終を見て、
新生児の頃から抱っこしていた風歌。
特別に、気持ちの優しいタイプでもでも無いと思うのだが、
彼は、赤ちゃんを見たら、
目の色が変わり、すぐ抱きたがるのだ。
「抱っこしてみたいなあ~。」と、
こそこそっと、私に言ってくる。

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ネパールの子に比べれば、
そんな経験豊富な方でもないが、
赤ん坊を可愛いと感じてしまうセンサーが、働くのだろうか。
特別に、小さな子供好きでも無いと思うが、
遊んでやるのも、うまいなあと思う。

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そんなかんじで、
ネパールだけじゃないだろうけれど、
大家族で育った人たちは、赤ん坊が常に身近にいるので、
赤ん坊や子供たちが、可愛くてたまらないのだ。
そして、赤ん坊が、どれだけ手がかかるかも、
よーく知っているのだ。

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これは、とても大事なことだと思う。
赤ん坊や子供たちが、大好きな国は、
赤ん坊や子供たちを、大切にするということだ。
バスでも、食堂でも、宿でも、子連れでどこへ行っても、
迷惑がられないばかりか、
喜んで、迎えてくれる。
そして、困った時には、さっと手を差し伸べてくれる人が 必ずいる。

どこへ行くにも、子連れは気を使わなければならない日本。
子供という生き物は 泣くのが当たり前、ダダを捏ねるのも当たり前、
じっとしていられないのも当たり前なんだけど、
よそ様に迷惑をかけてしまうということで、外出も身構える。

ネパールでは、どんな満員バスでも、
誰かが、子供を抱き寄せて、
自分の膝に乗せてくれたり、
席を譲ってくれたりした。
優先座席なんて、わざわざ確保する必要が無いのだ。
タイでは、道路を横断するときに、
たまたま居合わせた人が、
さっとうちの子の手を引いたり、
抱いたりして、一緒に渡ってくれた。
その 迷いの無い行為が、とても自然なのだ。
当たり前のことをしているだけ・・・・と言ったかんじ。
私も そうありたい。

私たちは、
子供を大切にしてくれる、この国のおかげで、
こうやって、のびのびと旅を続けられているのだ。

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コメント

昔の日本もそうだったんだろうけどね~。
よく近所のおじさんおばさんに見守られていて声掛けてもらったと思う。
田舎に育つとそういうのが当たり前だったなぁ~。
でも、大きくなるとそれが煩わしかったこともあるし。
早く自分の子供抱いてみたいもんだなぁ~。
いつのことやら・・・わはは。

投稿: ハチヨコ | 2009年7月18日 (土) 04時47分

ハチョコさん、沖縄にはまだまだ、大家族の雰囲気が残っていますよね~~。
子育てもしやすいと思いますよ!

投稿: yumie | 2009年7月18日 (土) 21時57分

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