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2013年11月11日 (月)

迷惑について




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前のブログ

「一歳児に育てられてる・・・・?」

http://haruyanahibi.cocolog-nifty.com/blog/2013/11/post-bb77.html

で、

「一歳児はお礼すら言うてくれません。」

と書きました。

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そのことで、

ちょっと思い出したことがあります。

20代のときに、

インド人の友達とよく遊んでもろてたんですが、

「日本人は、「ありがとう」を言いすぎや!

なんでもかんでも、

「ありがとう!」って言うてるけど、

インド人は、

「ありがとう」なんて言葉、

めったに使わへんぞ!(`ε´)」

いちいち「ありがとう」って言うな!ヽ( )`ε´( )ノ

と、

叱られた?ことがありますcoldsweats01

ほんなら、何かしてもらったときに、

何と言うの?

と尋ねると、

何も言わないでいい。

あたりまえのようのふるまったらいい。

みんな、

それをしたくて、やってるのだから。

と言うのです。

彼の中では、

何にしろ、

人というのは、

そうしたくて、好んでやっているだけのこと。

お礼言われるためにやってるんと違うで。

ぺこぺこ頭下げてくれるなー!

って、

かんじやったんかな。

(短気な人でしたなー。(^-^;)

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また別の話。




日本では、

「周りに迷惑をかけたらあかん。

迷惑をかけないように生きなさい。」

と、言うように、

しつけられることが多いと思いますが、

インドでは、

「周りに迷惑をかけなければ、

人は、生きていけない。

これからも、いっぱい人に迷惑をかけて生きていくだろう。

だから、お前も人を許せる人間になりなさい。」

と、

子ども時代にしつけられるのだ。

そのようなことを、

以前、何かで読みました。

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つまり、

インドでは、

周りに迷惑かけちゃったり、

失敗しちゃったり、

そんなん、

生きてるんやから、

あったりまえやん。・・・・って世界。

だからこそ、

相手の迷惑も、失敗も、

当たり前に受け入れられる世界。

そんなことに、

いちいちお礼言うたり、

謝ったりしない関係。

許しあえる関係。

ある意味、

一歳児の在り方と同じかも知れませんね。

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確かに、

インドを旅していたときに、

感じました。(^-^;

ネパールでもおなじく。

当たり前のように、

いろいろと、

迷惑かけられました!(^-^;

(例を挙げたら長くなるので、やめときます。)

でもね、

周りを見ていたら、

すごい迷惑かけられてんのに、

みんな、

事が終わったあとは、

何もなかったかのように、

普通にふるまっていまってたんだよなー。

恨みっこ無しってかんじで。

迷惑かけた人、かけられた人、

どっちがどっちやったっけ?って言うくらい、

同じようにニコニコして、

それを、

許してたんだよなー。

今、思えば。( ̄ー+ ̄)

旅のとちゅう、

そんな場面いっぱい見ました。

「えっ?お礼の一言も無いの?」

「えっ?謝罪の一言も無いの?」

「ちょっと、ちょっと、そんなんで、ええの~~~~っ!shock

というような、

日本人の感覚では、

信じられないような場面。

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わたしは、

子どもとの暮らしの中で、

そんなんも、ええなあ・・・と、

思うようになりました。

「わたしは、誰にも迷惑かけんぞ!」

「失敗せーへんぞ!」と、

どこ行っても、

迷惑かけないように、

かけないように、

失敗しないように、

一人がんばって、

気い使って、

カンペキめざして、

頑張って、ぴりぴりして生きてるんやからな!

あんたも、迷惑かけんといてや!

なんてのは、

しんどうそう。

それよりも、

少々の失敗や人迷惑を恐れずに、

それぞれがのびのびと、

やりたいことやれるような、

関係でありたいな。

人の失敗や、迷惑も、

「ええよ、

ええよ。

わたしも、おなじようなもんやで。

お互いさま~~♪」

と、

ボロ出し合って、

笑って許して生きていけたらな。

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ま、

それでも、

わたしは日本人なので、

やっぱり、

「ありがとう」

「ごめんなさいね」

は、言うなー。

その二つの言葉って、

潤滑油みたいなもんやしね。

相手も、

それを期待してるってとこあるでしょう(*^m^)。

でも、

幼い子たちに、

あんまり、

「ありがとう」ってちゃんと言いなさい!

って、

強要するのも、(←よく見かけるシーンですね。)

考えもんやなーって思いました。

教えこまなくても、

豊かな人間関係の中で育っていれば、

感謝の気持ちというのはそのうち芽生えてくるでしょう。

「ありがとう」が言葉で表現できるのは、

そのときで、いいんじゃないかなって思います。

あんまり、強要しすぎて、

逆に、

「わたし、こんなことしてあげたのに、

お礼もしてくれへん!!!ヽ( )`ε´( )ノ」

なんて、

そんな、ケチケチした性格にならへんやろかな・・・・・。

って、

考えすぎ?

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ま、

いずれにせよ、

一歳児は・・・・・・いいえ、

子どもたちは、みんな、

許してくれる人です。

感情的になって、怒ってしもても、

親の不注意で、たんこぶ作らせてしもても、

子どもたちは、

いつも、

お母ちゃんの失敗を許してくれてる。

許せる人なのです。

誰だって最初は、

「許せる人」なのかもしれません。

それなのに、

いろいろ自分でできるようになって、

自分に厳しくするようになって、

「許せない人」に、なってゆくのでしょうか。

何かと比べるようになって、

「許せない人」になってゆくのでしょうか。

一歳児から、

学ぶこと、

まだまだたくさんあります。

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コメント

ゆみえさん こんにちは
この間から考えさせられるブログで、私の心に染みてます。
そして自分の過去の行動を振り返るよい機会をもらってます。
ありがとうございます。^^

数日パソコンを開けてなかったので、2~3ケブログをまだ見てない状態で今回のタイトルを目にし、なんかあったんやろか?と捉え、心配になり先に開けてみたらじんわりくる内容。同時にホッともしました。
あっ、わたしの捉え方の癖や・・とも気づきました。
心のどこかで、誰かにおこられたらどうしよ・・とビクビクしてる(顔色伺ってる)部分があるんやって。。。

私の母はおっとりしてる性格で、叔母はチャキチャキ動く性格。とても正反対。
母は、親が色々口出ししたり手を出したりする。叔母は、親に心配かけるのはおかしい等々母の事をあまりよく言わなかったので、知らぬうちに母のようにはなってはいけないんだと思い育ちました。
迷惑をかけてはいけない、迷惑をかけてはいけない。
頭の中に呪文のように流れる言葉、、、
でも、体調不慮で動けなくなったとき、周りの人に助けてもらわないといけないのだけど、迷惑をかけてはいけないと思うので、誰に助けをお願いしていいのかわかりませんでした。
そして、そんなことをお願いする私はダメ、生きてる意味ないとか色々苦しんだもんです。
他のことでも誰かにお願いしたりするのもためらいがあったり、してもらうこともわるく感じたり・・・
いろんな葛藤を思い出しました。

>相手の迷惑も、失敗も、
当たり前に受け入れられる世界。

実は私にはこれがなかなかできないのだと思いました。
やはり自分が自分に許してこなかったところだからだと思います。
ストレスにかんじてしまったり、 イラっとしてしまう時もあります。(人によったり、自分の状態によったりするので勝手なもんだなと思います。)
今回こんなことをコメントに書くのは・・・とためらいましたが、これもまたよく似た心理からでもあるかと思い、自分の思いを書いてみることにしました。

>許しあえる関係

これがあれば本当に平和な世の中になるなと思いました。
完全な人なんていないのにどこかそれを元に裁いてしまっている私たち。
誰にも人なんて裁けない。そんな資格はないと思ったりします。生きているだけで何かしらこの世の中の誰かしらの役にはたっていて尊い命なのだとおもうのですが、ついつい基本を忘れてしまっているような気がします。反省です。

許しあえる関係、、、とても素敵な言葉。。。
心に留め大切にしていきたいと思いました。

ん~なんかしんみりしちゃいましたかね??^^;
コメントさせてもらってありがとうございました。

投稿: | 2013年11月14日 (木) 15時49分

上のコメントは名無しのゴンベイ、私でした。(笑)

今日、近くの八百屋さんに歩いて買い物に行きました。
お天気がよくとても気持ちよかったです。
帰りは、お米2kgと野菜や果物を両手に持ち歩いて帰ってきました。
家の近くになってくると重くなってきて手が痛くなりました。
そんな時、3~4歳の小さな男の子がとってもちいさな自転車に乗り、自転車と同じくらいの大きさの車のおもちゃを持っていました。(座って足で地面を蹴って進まして乗る乗り物)
その子は自転車に乗りながら前に車を引っ掛けて載せて帰ろうとするのですが、かごはないし大きいしで進めない。。。手で引いて自転車に乗ろうとするが大きくて無理。
でも一度に持って帰ろうとするんですね。。(笑)とっても可愛い姿でした。
思わず「どうしたの?大丈夫?^^」と声をかけたら、「持てない」といい、「どこまで持って帰るの?」ときくと「はるかのところまで」といいました。
どこかわからないけど、もってついて行ってみることにしました。
1分くらいで着くところでした。
行く途中、場所を私に教えようと自分が先導し、ちらちら後ろを見ながらちゃんとついてこれてるかみたり、でも自分も坂道で自転車こぐの精一杯だったり。。。
とても可愛らしかったです。
家に着いたら「ここでいいの?」と聞くと「うん」と言いそこにでてきてた兄弟を紹介してくれました。
「バイバイ」といって帰りましたが、その時「ありがとう」はありませんでした。(笑)
一瞬、なにか物足りない気がしたのはこれだったのかもと思いました。(笑)
ゆみえさんが言っておられた「一歳児はありがとう、いいません」という同じ体験を私も味わったようで少し嬉しかったです。^^
あの子にしたらそこから一緒に遊んで行ってもいいで~とかそんな感覚やったのかもしれんし、なんかあの3歳児の感覚に触れた時に可愛いと思う気持ちをもらったのを感じました。
人は一生懸命頑張ってる人に何か協力したいと思うものなんですね。
そしてその帰り、あれ??さっき重いって思ってた気持ちがあの間どこに行ってたんやろ??って不思議な事に気づきました。
人は優しさを持つとき、不思議な力がでてくるのだなと実感しました。
今日はぽかぽか日和です^^
またお散歩にでも出ようかな~♪

投稿: さくら | 2013年11月16日 (土) 14時43分

さくらさん>コメントのお返事が追いつかなくってごめんなさい!
そして、素敵なエピソードをたくさんありがとう。さくらさんのコメントを読んで、わたしはさらに深い気付きをもらったりしていますよ。そのまま記事にしたいくらい。(笑)
自転車の男の子とのエピソードも、思わず顔がほころびました。
そうなんですよねー。子どもってのは。でもほんとうは、それでいいんよね~。じゅうぶん何か、受け取ってるんよね。こちらもね。

投稿: ユミエ | 2013年11月21日 (木) 05時23分

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