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2013年11月 7日 (木)

一歳児に育てられてる・・・・?




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再び・・・・・。

一歳児との日々について。



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この人。

ひとりで、身のまわりのこと、

ろくにできません。

着替え、おむつ替え、

うんち、おしっこ。

靴を履いて(長靴ははけるけどね。)、

おさんぽ。

土手から転がり落ちて、

自分で起き上がれないことがあったりします( ̄Д ̄;;。

・・・・・危ないところ、よくわかってません。

だから、

誰かが、

いつも近くにいて、

気にかけとかなあきません。

いつも。

いつも。

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いつも。

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一歳児は、

「人のもの」

「自分のもの」

区別してません。

あなたのものは、わたしのもの。

「おいしそうね。それ、食べる!」

堂々と、

当然のように、

要求してきます。

おおっ?

他の兄弟に対してはケチな(ことが多いcoldsweats01)長男、

一歳児には、分け与えています。

「あ~~~んheart01

一歳児には、

こんなやさしいことができる長男です。

分かち合うことが、

自然にできる長男です。

とても、やさしい顔しています。

そして、

そんな心、

育んでくれるのは、

一歳児なのです。

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もと、末っ子三男と、一歳児。

遊んでいます。

微妙なかんじです。

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トンネル、

掘っても、

掘っても、

一歳児に、つぶされてしまう(ノ_≦。)。

時間をかけて、

一生懸命掘った、

すてきなトンネルだったのに、

つぶされてしまう。(。>0<。)

道路も、階段も、

ぜんぶ、めちゃめちゃにされてしまう。゚゚(´O`)°゚

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例えば、

相手が、太郎はんだったら、

同じ年頃の友達どうしだったら、

そんな苦労はないのに。

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ここで、三男。

大事なことを学びます。

「人生、思うようにはなりません」

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三男は、

<一歳児と一緒に遊んでやってる>・・・・・のですが、

でもね、

そんな中で、

知らないうちに、大切なこと学んでるんです。




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面倒なやつ。

わがまま。

自分勝手。

なにもできひん。

言うてもきかへん。

怒ると何するかわからん。

何するにも、足手まとい~~。

そんな、

ややこしくて、

面倒な存在ですが、

一緒に暮らしている中で、

わたしたちの方が、

実は、

育てられちゃったりしているのです。

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自分より、

小さくて弱い存在の人を、

気にかける心。

一歳児と暮らしていたら、

自然に、そんな心が育ちます。(育ってると思います。)

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わしが見た、

この美しい景色、

見せてあげたい。

だから、一緒に行こう。

わしが、おんぶしてあげるから。

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一番遅い人に、

歩みを合わせる。

気持ちを寄り添わせる。

必要あらば、

手を差し伸べる。

損得カンケー無く。

見返り求めず、期待せず。

(一歳児はお礼すら言うてくれません。)

ただ、

それをする。

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大切なことでしょう。

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障がいを持った人、

病気やケガをした人、

お年寄りだってそう。

自分よりも、

<ゆっくり>の人を、

気にかける気持ち。

歩みを合わせる気持ち。

大丈夫かな?

危なくないかな?

ちゃんといけてるかな?

さりげなく、思いやる気持ち。

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そんな気持ち、

一歳児との暮らしの中で、

この子ら、

自然と育くんでいってるかも知れません。

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一歳児の世話してるように見えても、

子育てしているように見えても、

実は、

わたしたちの方が、

親らしく、

兄貴らしく、

人間らしく、

育ててもらってるのかも知れません。




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コメント

あ~ほっこりする写真満載で癒された~~~~~~~~~happy01happy01happy01
天音ちゃんの笑顔・表情はほんまええなぁ~胸がキュンキュンしました。

1歳児、こうやって純粋、無垢にこられると自分もありのままを受け止め対応できるもんなんですね。
これもはるや家の皆さんがそういう広い穏やかな心を持って生活しておられるという大前提があると思いますが、、
これがお年寄り、しかも姑やその親とか、自分の親とかが老いた時になるとどうなるのだろうと思いました。
そこには、1歳児のように純粋にその人のまんまを受け入れることができるのだろうか?と。
自分の記憶があるので、その人との過去の関わりの中で自分がその人に言われたり、されたりして傷ついた事が出てきたりしたらどういう風に接するんだろう??って思いました。
許せている自分でありたいと思いました。
2つ後に書かれている『迷惑な話』を読み、より思いました。
叔母が祖母の介護をしてくれている時に見た光景は、ちょっと心が悲しくなる時があったので、なんでこうなるんかな??と思っていましたが、おばも一生懸命で必死やったんやろうし、疲れもあったし、やり方もわからんしうまくいかんしで心がしんどかったんやろな。。これも感謝と許す心で見ることなんかと勉強になりました。

歩みの遅い人に合わせるというのは心に余裕のある人、そして、そういうことをどこかで体験してきた人ならではのできることだと思います。
私も足が痛くてゆっくりしか歩けなかったとき、自分の速さに自然とあわせて歩いてくれている人の暖かさをじんわり感じたのを思い出します。
言葉にはないけど、すごく伝わって来るし、とても嬉しいものです。
私は自分の体験からいろんな方の目線や気持ちを学ばさせてもらっていたのだと改めて感じました。
ありがとうございます

投稿: さくら | 2013年11月14日 (木) 16時20分

さくらさん>ほんと、自分がケガをしたり病気になったりして初めてわかることっていっぱいありますよね。そんな経験をした人は優しいし、許せる人ですよね。人に(介護など)してもらう立場の人たちは、「人に世話してもらう」ということを、自分に許さなければならない。これも、勇気のいることですよね。だからこそ、人を許せるようになるんでしょうね。

投稿: yumie | 2013年11月21日 (木) 05時28分

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