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2014年3月 5日 (水)

わたしの不登校記 NO・6 より。

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先月このブログで、

紹介させてもらいました、

末富晶さんの「わたしの不登校記」

http://haruyanahibi.cocolog-nifty.com/blog/2014/01/post-8e56.html

つづきが出ましたので、

またここで紹介させてもらいます。

晶さん、ありがとう。

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わたしの不登校記 No.6              末富晶

学校がなくなってから何年かは近所の森が遊び場でした。

 

 森といっても街中にある小さなもので、

 

数分もあれば通り抜けられる明るい緑の空間でしたが、

 

子どもの頃の私には、

 

今見るよりもずっと広く感じられていて、

 

わくわくとスリルあふれる冒険の場所でした。

 

 

 一緒に遊んでくれる仲間がいたことも、

 

そう思えた大きな理由だと思います。

 

当時同じ学区内に不登校の友だちが何人かいて、

 

ほとんど毎日その森や誰かの家を遊び場にして集まっていました。

 

 

 太い木の枝にロープをくくって垂らしたものをつかみ、

 

崖のようになっている高い場所から勢いをつけて跳ぶ、

 

といういわゆるターザンごっこをしたり、

 

スパイや追っ手に扮して何らかの事件に関わるストーリーを展開して

 

森中を駆けめぐったり、

 

季節になるとたくさん実る赤い木苺をみんなで集めてまわったり。

 

 

 こうして書いてみても、

 

なんだか嘘みたいに子どもらしく遊んでいたのだなと思えます。

 

 

 もちろんテレビゲームにも夢中な時代でしたが、

 

今のようにインターネットが普及していなかったので、

 

持っているゲームソフトには必ず終りがあって、

 

何度かクリアしたら、

 

あとは外に出るくらいしかすることがありませんでした。

 

 

 今思うと、

 

のどかな時代だったのかも知れません。

以上高島市社会福祉協議会広報誌より。

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前回紹介させてもらったときに、

晶さんから、こんなコメントをいただきましたよ。   

共感される人も多いと思うので

(わたしも、ものすごく共感しました)、

ここでシェアさせていだだきます。

・    

「学校へ行かない生活は、

 

最初はものすごく恐いことだったけど、

 

だんだんそれが普通になり、

 

時には忘れるほどになって、

 

 

今ではそうでなかった自分なんて考えられないくらい、

 

私の基盤をつくってくれた大事な時期となりました。

 

そうなることの方が自然だったみたい。

 

不思議ですねぇ。」

  以上、末富晶さんより。

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学校へ行かないこと。

それは、周りにしてみれば、

たいへんなこと、困ったこと、やっかいなこと、心配なこと、

将来どうなるのー??shock

もう~~~大問題!shock

かも知れないでしょうが、

本人にしたら、

とても自然なことなのです。

学校へ行かないことが、

あたりまえ。

ふつうのこと。

リラックスできること。

不安にならない。

楽しい(≧m≦)。

充実してる(≧m≦)。

そんなこともあるのです。

何人か子どもがいたら、

そのうち何人かに、

行かないほうが幸せな子どもがいても、

ぜんぜんおかしいことではないでしょう。

そりゃ、生身の人間なんやもん。

(ロボットじゃないもん。)

みんな、それぞれ、

感じ方、違うもんね。

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他の方から、

こんなコメントもいただきました。

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「未来のために今を」ではなく、

「今が未来に繋がる」という発想は、

学校教育の現場で忘れてほしくないことですよね。

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「将来のために、今は、がまんをして与えられたことをがんばる」じゃなくて、

「今ワクワク楽しく、やりたいことを自分でみつけて工夫してやっている暮らしが、

将来の何かに繋がる」。

そんな発想・・・かな。

ほんまに、そう思います。

我慢してついた力よりも、

ワクワク楽しんでついた力の方が、

なんか、のびのびしてて、しなやかで、

かえって、強そうに思えたりします。

(逆境にも強そう。)

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