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2014年6月24日 (火)

自分をこぼしているはなし

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「女はいつも自分をこぼしている」

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飛行家リンドバークさんの、

お連れ合いだった、

アン・モロウ・リンドバークさんは、

「海からの贈り物」という本で、

女の人を、

「自分をこぼしている」と、表現していました。

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「女はいつも自分をこぼしている」

・・・これは、吉田健一さんの訳だけど、

落合恵子さんの訳では、

「女は絶え間なく自分を溢れさせようとしている」

となっていました。

わたしは、

「自分をこぼしている」という訳のしかたが、

妙に、心に残りました。coldsweats01

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女の人は、

子どもたちのこと、

パートナーのこと、

家のことなどなど、

職場でも・・・、

常に、

心を配ったり、

世話をやいたり、

時間と気力と想像力のすべてを、

相手に向かって、

「与え続けている」のだそうです。

それは、

伝統的にそう教えられてきたということもあるし、

女の人の本能がそうさせるということもある、と、

アン・モロウ・リンドバークさんは、

言っています。

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確かに、

女の人というのは、

そういう生き物なのかも知れません。

そういうことに、喜びを感じる生き物かも知れません。

末娘を見ていても、そう思います。

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ええっと、産後数ヶ月は、

まとまった時間、おっぱいをあげないでいるときや、

赤ん坊の泣き声を聞いてるだけでも、

あるいは、赤ん坊のことを思うだけでも、

お乳が、

勝手に、ぽちょん、ぽちょんと、

出てきますね。

こぼれてきます。

「女はいつも自分をこぼしている」とは、

まさしく、

それだと思いました。

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まあ、おっぱいは、

涸れることはありません。

またご飯をたらふく食べたら、

たいがい、お乳は再び満タンになります。

おのずと湧き、

満たされてくるのです。

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でも、

心の方は、

どうなのかな?

こぼしっぱなしでいいのかな?

涸れてこないのかな?

そのようなことが、

昔もらって、読んだ、

この本「海からの贈り物」の、

「つめた貝」という章に、書いてあって、

ずっと、心に残っていたのです。

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日々の暮らしの中で、

ぽちょん、ぽちょん・・・か、

だらだらか・・・・

わかりませんが、

「こぼし続け」、

涸れてきた、

自分の中の水がめを、

再び、満たしてあげるには・・・・。

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それには、

「ひとりに、なること」

だと、著者は言っています。

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「一年のうち、一週間でも、2、3日でも、

一日のうち、一時間でも、それが無理なら5,6分でも、

ひとりでいるようにしなければならない。」

そうすれば、

わたしたちは、

「自分を与え 自分を受け取ること」

が、できるだろう。

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「自分が自分の核とつながっているときだけ、

私達は、他者ともつながることができる」のだから。

「女こそが、

自分の内部に力を求めるという革命のパイオニアでなければならない。

もともとは、そうだったのだ」

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・・・とまあ、こんな具合。

「ほ~ぅ。」「へぇ~。」と、

感心しながら読んでいました。

何十年も前の女の人が、

しかも、飛行家の夫のリンドバークさんと共に、

男の人と同じように、

北大西洋やら太平洋やら、

飛行機で飛び回ってた人が、

こんなにも、

細やかで、スピリチャルに、女性について描いているということに、

驚きました。

そして、気が付きました。

前にブログに書きましたが、

アメリカ先住民の女性たちは、

毎月、月経のときは、

家族と離れ、

「月の家(ムーン)」で、過ごすのだそうですが

http://haruyanahibi.cocolog-nifty.com/blog/2013/12/post-985d.html

それは、

欠けてきた、

自分の中の月を、再びまあるく、満たすためなのですね。

著者が言っていることは、

このことにも、つながります。

この話のタイトルの「つめた貝」は、

アメリカでは「月の貝」とも呼ばれている貝なのだそうです。

著者も、月の満ち欠けと女の人の心や身体の変化との関係を、

知っていたのでしょうね。

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月経の期間というのは、

飢え渇いてきた自分の水がめを、

満たす時間。

(かつて、日本でも「月の小屋」はあったのです。)

月の小屋では、

何人かの女の人と一緒だっただろうけれど、

静かに自分の内面の変化を感じ、向き合って過ごすということにおいては、

「ひとりでいること」と、同じだったかも知れません。

まあ、

この日本の現代社会のシステム下においては、

月経のたびに、

家族から離れて、小屋にこもってゆっくり過ごすということは、

とうていできないことです。

でも、

一日に、5、6分でも、

自分の中の飢え渇きを・・・・水がめを満たすために、

ひとりでいる時間、欲しいです。わたし。

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それすらもできなくても、

いや、できてもできなくてもね、

毎日寝るときなどに、

みくさのみたからで伝えてもらった、

「たなそえ」をするのです。

胸と、それから子宮にね。

心の飢え渇きがある人が、

人の世話やらボランテイア活動やらしようとしても、

それって、

してもらった人全然心地よくないし。

めいわくなだけ?

まずは、お母さんが自分を満たしてから・・・・。

お母さんが、心からゆったりくつろいでないとね。

(それが、なかなか・・・・ね・・・。)

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ああ、

でも、やっぱりひとりぼっちの時間、

たまには、欲しいよなー。

「ママー、ママー、」から、

解放されたいわあ~。coldsweats01

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コメント

自分をこぼしてる

自分を取りこぼす事にもなってるかも
まわりのお世話に夢中で自分の事は後回し…W

最近思うのが、女は自分の知ってる幸せの形に大事な人を合わせようとする人が多いなぁと…

あなたの為よと、ゴチャゴチャ言ってるつもりなんだけど
ほんとは自分が安心したいだけなキガスW

投稿: かよ | 2014年6月24日 (火) 10時41分

かよさん>そう、そうその通りだと思います。自分もそんな頃がありました。(今も、下手すりゃ、そんなふうになってしまいます。)いつもながら、鋭いコメントありがとう。

投稿: yumie | 2014年6月26日 (木) 04時17分

びっくり。ちょうど私もこの「海からの贈り物」、図書館から借りて、読んでいるところだったの。20年くらい前に読んでいて、今回、ふと棚にあったのが目にとまってね。

一泊だけだったけど、家族から離れた1人時間、してきました。
とってもよかったよ。

投稿: natsu-nakaya | 2014年7月 8日 (火) 06時20分

natsuさん>そうなんやー!なんか、小さいことかも知れないけれど、こんな偶然、なかやさんとけっこうあるような気がするよー。
うれしいなあ。natsuさんの一人時間の話、時さんのFBで知ったよ。良かったねえ!子どもたちも大きくなったし、また新たなステージやね。

投稿: yumie | 2014年7月13日 (日) 08時50分

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