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2014年10月の11件の記事

2014年10月31日 (金)

9歳おめでとう。

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9年前の秋、
わたしのお腹、
こんなんでした。
すごいやろw(゚o゚)w。
(最後の妊娠生活やと思っていました。)
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臨月のときに、
写真家のkohiyama君が、
写真撮りに来てくれました。
もう何年も、仮住まいのつもりで暮らしていたので、
しまい込んでいた、
kohiyama君がプレゼントしてくれたアルバム。
何年ぶりかで、引っぱり出しました。
(kohiyama君どうしてるかな?ありがとうね。)
まだ4人家族でした。( ̄ー+ ̄)
懐かしい家。
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今でもよく憶えています。
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新しい命を、
家族だけで迎えるということを、
しようとしている自分。
不安は無かったけれど、
何が起こるか、それはわからない。
人生、何でもアリ・・・・やからね。
(母の突然の死を体験したところだったし。)
何でもアリやし、
あとは、すべておまかせ。
・・・・・って、何におまかせしていたのかな・・・そのときのわたし。
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最悪の事態だって、
いちおうは、覚悟していました。
でも、不安とか恐怖を深刻に感じることは全く無かったんだよなー。
自分がやりたいようにやってるんやし、
自分の中ではそれが自然な選択だったから。
それよりも、
そんな「命おまかせ状態」のわたし、
目に映るものすべてが、
それはもう、
悲しいほどに美しく、愛おしく、色鮮やかに輝いて見えました。
これが、友人の言葉を借りると、
「降伏すると幸福になる」ってことかしら。
(あ、その友人は、現在わたしたちが住んでいた、
この写真の古民家に住んでおられます。たまたま、偶然に。(*^m^)。)
両手を広げて、
大いなるものにすべてをゆだねたとたんに、
世界が変わるということかな。
死を宣告された人の手記とか読むと、
そんなふうに書いてありますが、
それとよく似ている心境やと思いました。
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「もしかしたら、これで見納めになるかも」
なんて、
心のどこかで思いながら、
美しく色づいてゆく山の景色を愛でつつ、
お産までの日々を生きていたのかも知れません。
山があって・・・・、
あちら側が死。こちら側が生。
そんな山の尾根のようなところを、
あっち眺めたり、こっち眺めたりしながら、
ひとりぽつんと歩いていたようなかんじかしら。
死を迎えることと、
命を迎えること。
よく似ています。
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そんな不思議な感覚を、
味合わせてくれましたね。
ひかりちゃん。
ありがとう。
キミは、わたしに、
新しい世界の扉を開いてくれました。
このあとの、
家族のあり方、
わたしのあり方を、
変えてしまうほどの、
尊い経験を、
ぽんっと、プレゼントしてくれました。
お誕生日
おめでとう。(*^m^)
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前にこのブログで、
昔は、竃(かまど)のことも、子宮のことも、
<ホト>と言われていたのだと書きました。
水と火がぐるぐる廻って、
命のもととなるもの(ごはん)が、生まれる場所。
あるいは、
命そのものをが生まれる場所。
それを、<ホト>と呼んだそうなのです。
それを知ったとき、
うわあー、
五右衛門風呂生まれの三男は、
すごいエネルギーが渦巻いているところで、
誕生したんやなあと、
あらためて思いました。
山からの水と、山の木を燃やした火。
水の神様と、火の神様が、
渦巻いているお風呂やもん。
めっちゃワイルドやでー。(*^m^)
どうりで、丈夫なはずやわ。
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そんなキミ、
あまねちゃんがわたしのお腹の中にいたとき、
いつもいつも、
そばにいてくれました。
支えてもらってました。
ありがとうね。
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9回目のリクエストは、
やっぱりコレでした。
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一回目のとき。
このときは、まだわけわからんやろし(*^m^)、
本人のリクエストというよりも、
兄弟のリクエストですよね。
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しかし、
今回だって、
案外そうかも。
(長男が陰で指図してたりして。)
わたしのリクエストで、
上の写真と同じ配置で同じポーズてみんなで写ってみました。
(ヒマやな〜。)
みんな、でかくなったなー。
(ちなみに、去年はこんなんでした。→
毎年いっしょやなあ。)
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うちのきまり。(←勝手にわたしがお願いしているのです。)
誕生日の子とわたしと、ツーショットする。
太郎はんに撮ってもらいました。
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ひかりちゃん、
「ありの〜ままの〜〜〜♪」って、
おおきーな声でのびのびと、山に響かせて、
歌いながら学校から帰ってくるから、
「あ、帰ってきたな」って、
すぐわかるよ〜。
(うちで唯一のボーイソプラノになってしまいました。)
ごきげんさんで、うれしいよ。
あまねちゃんみたいに、
キミも、
まだときどき、行ってるみたい、夢の世界。
キミだけの夢の世界を駆け回っている姿、
台所にいて、
いつも、窓から眺めているよ。
すてきだな〜と思ってね。
ありがとうね。
わたしは、
キミが生まれるときに、
ほんとうにたくさんの、かけがえのないもの、
受け取りました。
命のすばらしさ、生と死の神秘、生まれてくる命のもつ力、
教えてもらいました。
自分で産むことができる、
この身体への自信をもらいました。
成長させてもらいました。
感謝しています。
そして今もそれは、続いているよね・・・。
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羽。

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あまねはあ〜、
羽がないからあ〜、
飛べへんねん。(ρ_;)
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もし羽があったら、
あまね、飛べるかなあ。
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(飛べるやろ。)
(どんな羽がいい?)
あまねはあ〜、
黄色い羽がいい!(≧∇≦)
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(羽があったら、
どこに飛んでいきたい?)
「おやま!」
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(お山で何するの?)
「遊ぶの!」
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空を行き交うたくさんの小鳥さんたち、
カラスさん、
トンビさん、
とんぼさんに、
ちょうちょさん。
眺めながら、
そんなこと、思っているみたいです。
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本気で欲しそうに言うので、
かわいらしい羽、
作ってあげたら、喜ぶかなあ。
(昔、妖精の羽作ったことがあるし。←舞台衣装用)
それとも、絵に描いてあげようかなあ。
ふと思ったけれど、
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そんなもんいらんなー。
見えない羽、
まだ付いてそうやもん。
そして、キミは、
夢の世界へ行ったり来たりしているんやねえ。
わたしも、この子の夢のはしっこ、
一緒に見させてもらっています。
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このあいだ、
こんな衣装着せられて、
そのまま、夢の世界か?
かみさまの世界か?
ひらひらと、飛んでいってしまいそうでした。
(ハローウィンの仮装ではありませんよ。)
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2014年10月28日 (火)

2014・アースデイ滋賀のお知らせ&たき火

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えーー、

ネパールの田舎では、

朝はたき火で始まりました。(いきなりネパールの話になりました。)

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冬の朝のネパールは、たいへん冷え込みますが、

暖房はありません。

だからかどうかわかりませんが、

外でこぢんまりと、たき火をしているのです。

(燃やす薪は貴重品なので<こぢんまりと>でした。)

熾きの中に、芋やコーンを放り込んでは食べたり、

チャイを作ったりもします。

寝起きの顔が、ひとり、ふたりと集まってきて、

ぼそぼそと他愛のない話(・・・に聞こえていました。)をしながら、

火にあたります。

学校に行く子、畑に行く大人・・・、

そのうちに、ひとり抜け、ふたり抜け、

みんないなくなって、自然鎮火・・・といった具合でしょうか。

.

.

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わたしは、

そんなネパールの村の、

家族でのんびりとたき火とともに始まる朝が大好きでした。

憧れでした。

で、

それ、やってみました。

こないだの、お休みの日に(*^-^)。

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寝ぼけなまこで、

子どもらが集まってくれました。

(・・・というても、長男学校、はるさんは留守。三男は朝寝坊なので、

集まったのは2人だけ。)

うん、いいかんじ。

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チャイも淹れて、

たき火の横で飲みました。

うふふ。

「ネパールみたいやな〜」と、

ひとりでにっこり、満足しています。

(ひとりで「ネパールごっこ」してるわけですね。)

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最高に気持ちのいい朝。

朝露が、きらめいています。

水晶みたい。

子どもたちと眺めます。

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青空の下、

洗濯物がはためいています。

夏物の着物を洗いました。

さっぱり〜〜。

気持ちいいなー。

きれいやなー。

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種を蒔いたり、耕したり、

木を植えたり、

石運んで並べたり、花壇つくったり、

一服処作ったり、

お花を摘んだり、

畑のものつまんで食べたり、

色づいてゆく山をうっとり眺めたり・・・・。

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ま、

こんなことで、

豊な気持ちに包まれるわけですわ。

わくわく。(≧∇≦)。

単純でしょー。

われながら、

よい暮らし向きやなと思います。

(そんなことばっかりしてるわけじゃないけどね。)

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さて、
アースデイ滋賀のお知らせ、
今からしときます。
その日、(11月24日ですよ)空けといてね!
今年のアースデイ滋賀の実行委員長さんは、
4人も子どもがいようとも、
やりたいことは、やめられない止められない、
「暮らしとせいじcafe」でもおなじみの、
元気いっぱいたーさんと、
3・11後、関東から滋賀へ移住して来られ、
3人目の赤ちゃんが生まれたところの岸田さんです。
どちらも、
子どもの命を何よりも大切に思う心が
あふれてる、お父ちゃんお母ちゃん。
そして、今年も、
絵本作家の市居みかちゃんが、
すばらしいポスターを描いてくれました!
〜めぐるめく すべてのいのちのつながりのなかで、
今 ここに行きている。〜
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はるやは、
はるやバンドで出演もするし、
出店もしまーす。
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井上ひさしさんのこんな言葉が引用されていました。
このところわたしは「平和」という言葉を「日常」と言い換えるようにしています。
 
平和はあんまり使われ過ぎて、意味が消えかかっている。
 
そこで意味をはっきりさせるために日常を使っています。
 
「平和を守れ」というかわりに、「この日常を守れ」という。
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なるほど。
でも、
「平和を守れ」「日常を守れ」ヽ( )`ε´( )ノと、
何かに対して求めたり訴えたりするばかりではなく、
わたしはまずは、
たき火したり、
お花摘んだり、
好きな人とお茶を飲んだり・・・・。
こんな自分の日常(=平和)を、
自分で・・・・、
「守る」というよりは、ただ大切にしたいです。
(どう違うんや?いなってかんじですけど。)
ひとりひとりの命が、
ひとりひとりの日常、暮らし、思い・・・・、
を大切にしていくことも、
平和につながると思っています。
ああつまり、
けっきょくのところ、
自分自身の心地よさを大切にすることが、
平和につながることなんやろね。
自分のこと大切にしてない人が、
他人のこと、
大切にできひんでしょう。
環境のこと、地球のことまで思いを馳せられないでしょう。
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アースデイ滋賀、
今年も、
盛りだくさんです。
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ステージでのパフォーマンスはもちろんのこと、
自分の暮らしを大切にしている人、
食を大切にしている人、
器、衣など、暮らしの道具を作っている人、
などなど、
自分の大切にしているものを、
思い思いに表現しているようなお店が、
いっぱい並ぶと思います。
そんなお店を見てまわったり、
音楽やお話を聞いてまわったりするだけで、
何か、
これからの暮らしのヒント、見つかるかもね。
何か、カタチが無くても大切なもの、
それぞれの日常に持って帰れるかもよ。
アースデイはこの日限りの祭りなのではなくて、
ほんとうは、毎日がアースデイ〜地球に思いを馳せる日〜。
生きているって楽しいなー!
地球にありがとう!という気持ちをこめて、
はるやバンドも演奏しまーす。
楽しみだなー。
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2014年10月22日 (水)

なかよし

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気がつけば、
いつも・・・・。
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だいたい・・・・。
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太郎はんが、
そばにいてくれてます。
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ほら。(* ̄ー ̄*)
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ほら。
(↓一緒に「シュマリ」見てます。)
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ほらほら。
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「魔の2歳児」?とか、「terrible twos」とか言われている、
ややこし、ややこし(`ε´)2歳児で、
家族全員「げんなり〜」ってこともあるんですが、
そんな中、太郎はんは、
ほんま、よう可愛がってくれます。
(まあ。他の2人も可愛がってくれるけどね。)
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あまねちゃんが喜ぶ顔、
見たいんやねえ・・・・。
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街中でも、山の中でも、
お出かけすると、
真っ先に手を引いてくれてます。
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危なくないように、
(親よりきめ細やかに)注意してくれてはります。
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やさしいなあ。
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「あまねは〜、
たーた(太郎はんのこと)と〜、
いっしょにうまれてきたん。」
・・・・きっぱりと、末娘は言うのです。
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そうやったんかいな・・・。
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だからか、どうか知りませんけど、
あんな崖っぷち歩いてる・・・・。
あーこわ!
Σ( ̄ロ ̄lll)
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ゆるぎない、
信頼関係?
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やさしい、やさしい、お兄ちゃんたちとの日々、
いつまでこんな時間が続くのかわからないけれども、
大人になって、
どれだけかわいがってもらったか、
どれだけ愛されたか、
憶えているかどうかわからないけれども・・・・。
わたしが、
しっかり、憶えておくからね。
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しかし、
それなのにキミは・・・・、
一番可愛がってもろてるくせに、
食べきれなかったケーキは、
「たーたはダメ!
fuちゃんがいいの!」(`ε´)と言って、
太郎はんと違って、
長男にあげるんやねえ┐( ̄ヘ ̄)┌ 。
おんなごころ、わかりません。
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2014年10月18日 (土)

実りの秋のころのお弁当他。

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朝日が当たる、小さい方の我が家と庭。
我ながら、きれいやなー。
殺風景な荒れ地だったところが、
だんだんと、いい感じになってきましたよ。
朝と夕暮れと、
美しい光に包まれます。
うっとり。(* ̄ー ̄*)
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ちょうど去年の今頃、
庭師だいすけさんと一緒に植えたりんごの木。
かわいらしいのが、3つなりました。
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居合わせたみんなで、
「ひとつ食べてみよっか?」
・・・ということで、
三男が、最初の一口いきました。
どうや?
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この顔!(≧∇≦)
「信じられない美味さ!」という顔です。
いやー、ほんまに美味しかったです。
ちゃんと「りんごの味」してました!
かんげき☆
家にりんごが生るなんて!!
春先に花が咲くだけでもいいわ〜と思って植たのに。
自家製りんごでアップルパイも夢じゃない??
もっと植えようかしら?
(欲が出る?)
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自家製りんご・・・・ではないですが、
はるさんの誕生会に、
今シーズン初のアップルパイを焼きました。
カシューナッツクリームを添えて。
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実りの秋ですね。
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みのりの秋、
そして、
損失の秋でもありました。(。>0<。)
一か八か、新たに開墾して植えた大豆、
ぜ〜んぶ鹿に食べられました。
ぐやじ〜〜〜〜〜!゚゚(´O`)°゚
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そんな、実りと損失の(ノω・、)秋のころのお弁当です。
栗入り炊き込みご飯・
きゅうりと、なすのぬか漬け。
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野菜と厚揚げの鉄鍋焼きの和風マリネ
大葉の秘伝のたれ漬け
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五目野菜の中華炒め
ほうれん草のナムル
大葉の秘伝たれ浸け
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今年は、そこらじゅうに大葉が生えてきたので、
何度も仕込みました。
大葉を自家製のたれに漬け込んだ、「ごはんのお供」です。
エゴマの葉も混ざってます。
弁当にも何度も登場してますね。(*^m^)
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ご近所の石釜パン屋さんが、
差し入れくださいました。
だから、珍しくサンドイッチ弁当!
マッシュポテト&ローズマリー風味と、
キドニービーンズのフーマス風ペーストのサンドです。
子どもら喜ぶやろうな〜。
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根野菜の素揚げのニンニク味噌和え
ほうれん草のナムル
ナスのぬか漬け
栗おこわ
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かぼちゃとサツマイモのインド風かき揚げ
厚揚げのステーキ
酢ごぼう
タマネギのくたくた煮
大葉の秘伝たれ浸け
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納豆、大葉、海苔の韓国風・・のっけご飯
ナスとごぼうのぬか漬け
けんちん汁
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栗ごはん
しし唐とお揚げのたいたん
フライドポテト
らっきょう
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インド風焼き飯プラウ
インド風天ぷらパコーラ
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タイ風グリーンカレー
太郎はんは、激辛(@Д@;にして持って行かはりました。
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焼き飯
ほうれん草のナムル
(この日は、みんなでキノコのみそ汁作るというので、
シンプルにしました。)
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がっつり、
かき揚げどんぶり
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えー、
みんな大食いのはるや一家です。
みんながお腹いっぱいなるように、
わたくし、
いつも作る「量」のこと気にしてしまいます。
「これでいけるかなあ?」
「足りひんかも知れんなあ・・。」
「もうちょっと多めに作っとくか。」
と、悩みながらも、
結局は、業務用サイズでたっぷり作ります(@Д@;。
ある意味、
毎日のご飯づくりに追われています。\(;゚∇゚)/
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ところが、
わたしこの歳にして、
やっと、小食の心地よさを味わえるようになりました。
美味しいものをお腹いっぱい食べて満たされるのから、
ちょっと、いや、
ちょっとどころか、かなり足りないかなーというくらいでやめといた後の、
身体の心地よさで満たされる。
・・・というのを、最近経験しております。
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まあ、だいたい、
ほんまにお腹ぺこぺこになって食べるというよりも、
美味しいのができた!
「うまい!「うまい!」「もっとこれ味わいたい!」「ああ、もうちょっとだけ!」
と、
脳みそが言うてるから食べてるということが多いんやと思いました。
うちの場合、
毎日のご飯が、
とっても美味しいから、困るんですわ〜〜〜。┐( ̄ヘ ̄)┌
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小食が心地よくなってくると、
今までのように、アホみたいに大量に作るのが、
アホらしくなってしまって・・・・・。
そうなってくると、
アホみたいに大量に作るために、
要している時間やら体力やら(@Д@;・・・、
そんなんも、
わたしどんだけ使ってんのか?
・・・・なんて、思ったりして・・・・。
(けっこうヘトヘトやでー。)
ご飯作るのさえアホらしくなってしまって・・・。
・・・というのは、言い過ぎですが。
まあ、でも、
子どもらは伸び盛り、育ち盛り。
元気もりもりいっぱい食べるから、
たくさん作ってますけどね。
それに、わたし、
料理は好きやし、
子どもらが毎日のうちのご飯を楽しみに、
喜んで食べてくれるのは、
わたしの生き甲斐でもあるからね。
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で、ある日、
手抜きしてみました。
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わたしなりの理由があって、
ご飯づくりに時間かけるのに気が進まんようなとき、
思い切って晩ご飯は、
「残り物だけ!」ってな夜を、つくりました。
「もっと食べたい人は、
なんでも自分で作ってや〜」
そう声かけてますけど、
だ〜れも作らへんので、
そのまま、
冷や飯とか、
栗とか、柿とか、
家にあるもんを、
各自お腹すいた時に、
好き勝手に食べてもらいました。
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そうるするとねー、
なんか、子どもらから苦情が出るかなあと思ったんですけど、
そんなことなかったです。
「腹へったー」という言葉もきかへんかったし。
翌朝、さぞお腹すかして起きてくるやろうと思ったのですが、
そんなことも全くなく・・・・。
(そのまま朝も食べずに学校行く子もいました。
大丈夫なんやろか?( ̄◆ ̄;)
へ〜。
なーんや・・・。
こんなんで、いけるんや・・・・。
(いかに、ふだん食べ過ぎてるのか??)
おまけに、
いつもならバタバタと、
ご飯作りしている時間を、
わたしは、
ゆっくり過ごすことができました。
新しい発見でした。
しめしめ、
うまくいったぞ。
これからたまにやっていこう。
・・・・というわけで、
たまに、そんな夜、
「残りものナイト」?やってます。
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でも、
そのかわり、
美味しーいもん、たーーーくさん作って、
思い切り食べるぞーー!!!!
うおーーーー!
とうい日も、
相変わらずありますよ。
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この夜は、
家族総出て、大量のおはぎ作りました。
今年最後のはるや一家の誕生会は、
2日に分けて盛大におこなわれます。
一日目の晩は、おはぎ!(だけ!)
今日は、ケーキと、イタリアン?かなー?
・・・・って、
なーんや、はるやさん、
相変わらずようけ食べてはるやん。
そう思われても仕方ないですね。coldsweats01
さて、毎年大量のおはぎを作ってるのは、
誰の誕生日でしょうか・・・。
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2014年10月16日 (木)

谷神さま。

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大河の源流にある谷神は、
とめどなく生命を生み出しながらも、
絶えることはない。
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谷神同様、
女性(器)もまた、
万物を生み出す源であり、
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そのはたらきは、尽きることがない。
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老子はこれを、玄牝
「神秘なる母性」と呼んでいる。
 ・・・・・・・・・河瀬直美 「玄牝」より。
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老子「道徳経」第六章より。
谷神不死
是謂玄牝
玄牝之門
是謂天地根
綿綿若存
用之不勤
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河瀬直美監督が、
お産をどんなふうに撮ってはるんかな〜と思って、
映画「玄牝」を観に行ってきました。
生まれたてほやほやの赤ちゃんも観たかったし。
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映画は、ともかく、
タイトルとなった、老子のこの言葉が、
すばらしいなあ、
すべてを現しているなあと思いました。
すべての命のみなもとは、女性(器)にあり、
その神秘的な営みは、
太古より絶えることなく、
疲れることを知らず、続いている。
というようなかんじかしら?
女性の身体の営みの奇跡に驚嘆し、敬っているようでもあります。
(このタイトルを、
河瀬直美監督は、映画を撮影し終わってから考えたのかな、
どうなのかな・・・・。)
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吉村医院さんでおこなわれているお産については、
ここでは触れませんが
(自然分娩といえども、
けっこう最新の設備も備わっていて大掛かりでしたね。(*^m^)
映画の中で、
命を生み出すときの女の人たちは、
みんな、
たいへん色っぽかったです。
声もね・・・。
(あ、これって、
みくさのみたからの、
イケ目、イケ口、イケ顔、イケ声、イケ腰・・・と同じでしたね!
あれは、命を生み出すときのカタチなんやねー。(*^m^))
まるで、
見てはいけない、聞いてはいけないものを、
のぞき見てしまっているような、
男女の営みをのぞき見てしまっているような
そんな雰囲気でした。
本来、お産というのは、
動物のように、静かなところで密やかに、
色っぽく(*^m^)、おこなわれるものなのでしょう。
(男女の営みを煌煌としたライトの下、
分娩台でおこなうというのは、
かなり乱暴なことですよね!)
というわけで?、
ありのままの命というものは、色っぽいものなのですね。
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それから、
登場する女性たちが、
お産を語り始めたとたんに、
雄弁になり、
いきいきと、輝きだすのが、
興味深かったです。
自分のお産の話って、みんな聞いて欲しいものなのですね。
分かち合いたいものなのですね。
辛かったお産だったとしても、
思う通りにいかなかったお産だったとしても・・・・。
わたしも、
特に、自分らだけでおこなった三男と末娘のお産を、
思い出すたびに、
その経験に還るたびに、
なんとも満たされた気持ちになり、
自信も湧いてきます。
そこは、
わたしの人生の宝物のような場所です。
お産を分かち合う場が、
あちこちで生まれていったらいいですね。
わたしも、
母屋ができたあかつきには、
そんな集いをしたいと思っています。(いつになることやら。)
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ところで、
話は、少し変わるかも知れませんが、
わたしのまわりでも、
谷神のごとく、
絶えることなく・・・(*^m^)、
だれかれが、命を生み出し続けております。
さいきん、
40歳を過ぎた友人知人たちが、
初めてのお産してはります。
すばらしいですね。
不思議ですね。
なんでもっと早くに・・・・
もっと、お母さんが若かったときに、
やってこなかったのでしょう?
(44歳やったかな?で、妊娠したときに、
わたし、ほんまそう思いました。
「なんで今頃になって、やってくるの??
せめてあと2、3年早かったらもっとリスクも少ないやろに。」
・・・・なんてね。)
「もうこんな歳やし・・・」
と、あきらめてしまった頃に、
命さんが、
ふっとやってくるみたいです。
きっと、
その命さんにとって、
「いい時」というのがあるのでしょうね。
お母ちゃんが若くてピチピチしてるからいいってもんでもなくってね。
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歳取ってから、自分勝手にやったプライベート出産の方が、
もっと若いときに、助産師さんに手伝ってもらっておこなった出産よりも、
ずっと心地よくて楽だったというわたしの経験から言うと、
年齢によるリスクのデーターというのは、
あんまりあてにならないかもね。
生まれてくる赤ちゃんが、
ちゃーーんと、いいようにしてくれるんやと思います。
赤ちゃんにおまかせです。
だから、
40をゆうに過ぎはった方たちも、
まだまだ、人生わかりませんよ。
もしかしたらのそのときを、
なんとなーく思い浮かべて、
待っていたらいいねと思います。
だって、
あなたの中にも、谷神さま、いるんやもん。
こんな小さな女の子の中にもね。
・・・・というわけで、
なんや、まとまらへん内容でしたがcoldsweats01
お産というのは色っぽいものだということと、
40過ぎても子は産める・・・という話でした。
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2014年10月11日 (土)

みのりの秋と、11・11 壷沙さんでお話会

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お山の学校の稲刈りでした。
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毎年言うてますけど・・・・。
何度見ても思うのです。
田んぼがあって、
そこに子どもたちがいて、はしりまわって、
笑い声が響いて・・・・・。
最高に、幸せな風景です。
たからもののような・・・・。
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今年もそんな風景の中に、
入ることができて、ありがたいです。
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みのりの秋ですね。
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さて、
もうずいぶんと前から、
お声をかけてくださっていた、
大徳寺前のごはん屋さん、
壷沙 さんで、
お話会することになりました。
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くわしくはこちら→

つい先日に、
「あと4席あります」と聞いています。
どうかなー。
まだいけるかな・・・。
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壷沙さんって、
名前からして素敵そうやねえ。
(まだ行ったことないのです。)
季節の野菜をつかったおいしいご飯が食べられるだけじゃなくて、
手仕事や、
からだやたべものについてのいろいろな知恵を分かち合う集いなんかも、
開いておられるようです。
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「壷沙」の由来は、
「壷中日月長」という禅語から来ています。
せかせかした日常から、
ふっと一息抜ける場所。
たとえ少しの時間でもゆったりと過ごして欲しい。
そんな思いで「壷沙」と名付けました。
壷沙さんのHPにそう書いてありました。
こんな素敵な名前をつけはった店主さん、
きっと、お料理も、
心をこめて、ひとつひとつ、
具材のお顔をみながらていねいに、
作っておられるのだと思います。
そんな素敵なお店に、
呼んでくださってありがとうございます。
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「壷中日月長」
ちょろっと調べてみたら、
「壷中」というのは、
必ずしも壷の中・・・・空間的な意味ではなくて、
時空を超越した心の別天地を表しているという捉え方もあるようです。
そして、
「日月長」とういのは、
非常に穏やかなのんびりとした時間が
いつまでも流れているということ・・・だそうです。
ほ〜う。
ええ言葉知りました。ちょっとかしこくなりました。←単純。
いろいろと、深い意味があるみたい。
お暇のある方も、ちょろっと調べてみてくださいな。
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このようなお名前のお店にふさわしいような、
ふだんのバタバタ生活から離れたcoldsweats01
心地よい時間を、
参加してくださったみなさんとともに、
紡いでいきたいと思います。
楽しみにしています。
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2014年10月10日 (金)

好きなことだけで食べていける?

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いつだったか、
こんな記事がシェアされていました。
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うわー、これ、
なんか、長男が前に書いた作文を、
裏付けているような文章やなー!
長男に読んでもらいたいなあと思いました。
この文章を書かはったのは、
アメリカで、お連れ合いさんと4人の息子さんたちと、
キャンピングカー暮らししておられるそうな。
すごいなー。
かっこいいなー。
家族連れで、
そんなことできるなんて、
さすがアメリカやなーと、
勝手に感心してたのですが、
民子さんの
プロフィール読んでいるうちに、
「はて?
この方から、前にメールいただいてへんかったっけ?」
ふと思い出しました。
そういえば、ずいぶん前にホームスクーリングについて、
メールで少し、お話をしていたのでありました。
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遠いアメリカのどこかで、
うちと同じく子どもさんは4人。
自由に、
楽しくおもしろく、
いきいきと暮らしてはるご家族と、
このとき、
メールで少しだけつながっていたのですが、
先日、その民子さんが、
ご自身のHPで長男の作文を大きく紹介してくださいました。
うちのブログと違って、
たいへん立派なHPで、
これまたすばらしすぎるような記事にしてくださって、
照れてしまいます。(*^m^)
おまけに、わたしのインタビューまで載せてあって、
恥ずかしー。(=´Д`=)ゞ
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ここで紹介した
2つの記事を読んで、
(まあ、一つは、
長男の作文やはるや一家について書いてくれはった記事ですけど。)
ほんとにね、
教育というのは、
本来、
「幸せに生きていく力」を育てることなのだと思いました。
ただそれだけのことです。
そして、
幸せに生きていく力を育てる方法というのは、
世界には、いくらでもあって・・・
(そりゃもう、世界中の子どもの数だけあるっちゅーことです。)
時代とともに変化もするやろしね・・・・。
で、
無限にある教育のかたちの中の一つが、
学校ってだけです。
学校がすべてみたいになってしまってますけど。
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先日アップした、
「私の不登校記No9より」 という記事に、
こんなコメントいただいています。
(すぎもとさんありがとうございます。)
「学校に行く」ということが大前提で、
本人にとって何が楽しくて幸せかを考えてあげられないのは
もったいないことだなーと思います。
ほんとにね。
もったいないことどころか、
学校生活が合ってへんような子に、
学校行かへんかったら人生終わりみたいに、脅したり、
学校と言う枠組に無理やり収めようとするようなことは、
子どもにとって迷惑なこと、罪なことやとも思います。
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ま、今日は、そのことについては置いておいて、
民子さんのHP For Green Peas には、
広〜いアメリカの大地で、
ダイナミックに暮らしておられる民子さんの、
「幸せに生きる力」をつけるための、
知恵やヒントが満載されているようです。
わたしは何よりも、
民子さんの、
行動力や、洞察力、
暮らしの中で経験されたことを無駄にせず、
どんどん生かしていって、
自信をもって発信される力、
・・・・おんなじ4人の子どものお母ちゃんやってるのに、
すごいなー、
すばらしいなー、
かしこい方やなーと、
感心してしまいます。
(わたしとえらい違いや!)
そんなスーパーお母さんの、
民子さん、はるやを紹介してくださってありがとうございました。
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楽園のいちにち。

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ひらひらひらと、ちょうちょがいっぱい飛んでいます。
トンボさんに、
とのさまバッタにおんぶバッタ、キリギリス、すいーっちょん、
ばたばたばたと飛んでびっくり、巨大なしょうじょうバッタ。
コロコロと歌いつづけるコオロギさん。
怒りん坊のカマキリさん。
空には、小鳥たち。
「おーい!」と声かけたら、
「かー!」と答えるカラスさんに、
とんびさん。
そして、
土の中にはかわいいみみずさんたち。
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うわあ、
命がいっぱい。
にぎやか。にぎやか。
「やあ、やあ。こんにちは」と、
ひとつひとつにあいさつしたくなるくらいやね、
あまねちゃん♪
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うっとりと、
美しい季節です。
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お山の秋は、楽園です。.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.
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あ、でも、
春も楽園。
夏も楽園。
・・・・・だっだけどね。
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つまり、
年がら年じゅう、
楽園なのであーる。
(あ、いや、雪の季節は、また別の表現を考えときますcoldsweats01。)
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さて、
what a beautiful day!
今日もすばらしいお天気。
「薪割り、てきとーに、やっといてね〜♪」
「わかったー。」
返事は一応してはりましたが、
長男、三男は、
遊びほうけています。(-ε-)
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太郎はんだけは、
やってくれてる・・・・。(;ω;)
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おなじように育ててんのに、
なんでやろね(゚ー゚;?
「3匹のこぶた」の三兄弟みたいに、
黒沢明の映画「乱」の毛利さんちの三兄弟みたいに、
まあ、みんなそれぞれ違います。
(たとえが、極端?)
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みんな、好き勝手に、
やりたいようにやってる、
はるや一家のお休みの日。
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ぼちぼちと、
着物の季節になりました。
足下は、島ぞうりですけど・・・。
「ちょっと冷えるかなー」「風が冷たいかなー」って日に、
着ています。
一枚、一枚、重ねていくごとに、
たいせつなところ・・・、
子宮あたりが、
なんとも言えず、心地よく、
ほかほかと、温まってきます。
「ああ、やっぱり、着物!」
久しぶりに着るとね、
いつもそう思うのです。
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わたしの趣味は、
一服処づくり。
(つまり、一休みしたり、お茶を一服飲んだりするようなところを、
作るということ。)
またひとつ、ふたつ、できました。
なんやかんや作業しているはるさんつかまえて、
「あーして」
「こーして」
「これ、切って」
「もっと、こっちや」
「こっち、こっち!」\(;゚∇゚)/
わたし、口ばっかり?
実際にやってくれたのは、
はるさんや次男三男。
わたしは、現場監督ですよ。
今住んでるお家は、小さいけど、
外に出れば、どこでもリビング。
土の上、青空リビング。
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そして、
日なたが、恋しい季節になりました。
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季節が変わってゆきますね。
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たき火も恋しい季節です。
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たき火をしながら、
ついでにご飯も炊きながら、
お月見しました。
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満ち足りた、
楽園暮らしです。
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2014年10月 3日 (金)

15歳おめでとう。

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子どもについて            カリール ジブラン
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あなた達の子は あなた達の子ではない
大いなる生命が自分自身に憧れる
その憧れの息子であり、娘たちだ。
009
あなた達を通して生まれてくるが、
あなた達から生まれるのではない。
あなた達とともにいるが、あなた達のものではない。
006
子どもに愛を与えることはできても
考えまで与えることはできない
子どもには子どもの考えがある。
025
子どもの体を家におくことはできても、
魂までおいておくことはできない。
子どもの魂は明日の家に住んでいて、
あなたたちは夢のなかでさえ、
その家へは行けない。
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生命はあともどりも、きのうにとどまることも、しない。
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あなた達は弓だ。
子どもはその弓から、生きた矢として放たれる。
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射手は、
無限に続く道の先に狙いをさだめ、
矢を速く、遠くへ飛ばそうと、
大いなる力であなた達をたわめる。
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大いなる射手の手のなかでたわめられている、
そのことを喜びとしよう。
飛んでいく矢が愛されているのと同じように、
手もとに残る弓もまた、
愛されているのだから。
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これは、だいぶん前に出会った詩です。
初めて読んだときは、ピンとこなかったフレーズもあるのですが、
今、この頃の長男のことを思うと、
この詩の一句一句が心に染みるようになりました。
初めてこの詩と出会ったときよりもずっと深く・・・・。
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まさしくわたしは、
「考えまで与えることはできない。
子どもには子どもの考えがある。」
それを実感しました。
そして、
「子どもの魂は明日の家に住んでいて、
あなたたちは夢のなかでさえ、
その家へは行けない。」
・・・・このことを、
心から理解できたように思います。
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「子どもたちは 明日の家に住んでいる」
・・・なんてね・・・・。
素敵ですね。
今、同じ屋根の下で暮らして、
すぐに手の届くところにいるけれども、
でも、ほんと、
わたしらよりも、もっともっと先に・・・、
まさしく未来に住んでいて、
わたしらの思いもよらないことを、夢見たり考えたりしているのですね。
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そして、この詩の最後のところ。
「あなた達は弓だ。
子どもはその弓から、生きた矢として放たれる。」
わたしは最初、
子どもが弓なら、
親は、その弓を飛ばす射手なのかなと思いまして(早とちり)、
「よっしゃ!ええとこ飛ばしたるで〜!」と、
思ったりしたのですが、
それは違いました(*´ェ`*)!
親は射手ではなくて、弓なのでした。
Photo
そのことを、あらためて理解したときに、
はっとしました。
ええっとね、
わたしは、ずいぶん昔から自分の名前を簡単に、
ユミエとカタカナで書くようになりましたが、
実は、
実は、
「弓」の「枝」と書くのでした。えへへ。
親が付けてくれた漢字が、
あまり好きではなかったのです。
字画も悪かったり、字もかわいくないし・・・?。
意味は?って聞かれても、この字の通りとしか言えんし。
ぜんぜんロマンチックじゃないし、詩的じゃないし、夢もないしねー。
なんか、良いイメージが無かったのです。
そんなんもあって、
かる〜く、カタカナで書くようになりました。
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そやけど、
はっと思ったのです。
そうか!
わたしは、弓やったんや!
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子どもらを、飛ばす弓やったんやなー!
(そのまんまやん。)
そのことが、
長年の謎が解けたみたいに、ストンと胸に落ちました。
・・・・と気づくと同時に、
お父さん、お母さんに、
ありがとうという気持ちが、じわ〜っとあふれてきました。
このときに、生まれて初めて、
48年つきあってる自分の名前の意味がわかったように思いました。
(たいへん勝手な解釈ですけど。)
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そして、
その弓を射るのは、
「大いなる力」
それは、
逝ってしまった母や兄、それから祖父母や・・・・。
わたしのうしろに綿々と続く命のつながり。
そんなご先祖さまたちの愛。
・・・・ではないかなと、思いました。
これも勝手な解釈ですけどね。
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そして、最後の一節が泣けます。(。>0<。)
「大いなる射手の手のなかでたわめられている、
そのことを喜びとしよう。
飛んでいく矢が愛されているのと同じように、
手もとに残る弓もまた、
愛されているのだから。」
子どもたちが愛されているのと同じように、
わたしたち、お母ちゃんも、愛されている・・・んやね・・・。
うれしいです。
わたしのまわりの世界が、
あたたかく、包んでくれているみたいです。
愛を感じます。
与えることばかりに夢中になっていて、
みんなに愛されているってこと、忘れてしまってたみたい。
愛されてるってこと、自分にゆるしてええんやね。
そんなこと思いました。
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そんなわけで、
わたしが、初めて弓となって遠く遠くに飛んでってもらうのは、
この人になるのでしょうか。
わたしは、喜びをもって、そのときを迎えましょう。(*^m^)
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15歳の誕生日でした。
今年も、ぜんぜん嫌がらずに、一緒に写ってくれました。(*^m^)
おとなとこどもを、行ったり来たり、
からだも心もゆらゆらしている、
さまよう思春期まっただなかの人です。
(なんてったって、明日の家に住んでいるから、
わたしらには、わかりっこないのであります。)
わたし、もう、おまかせしています。(ついて行くだけ?)
いろいろと、こっちが教えてもらってます。
ありがとう。
fuちゃん、お誕生日、おめでとう。
そして、天国にいる、
9月生まれの兄と、10月生まれの母もおめでとう。
いつも見守ってくれて、愛してくれてありがとう。
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2014年10月 1日 (水)

私の不登校記・No9より

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今回で9回目になります、
末富晶さんのエッセイです。
高島市社会福祉協議会が出しておられる広報より、
ご本人の了解を得て、
ここで紹介させていただいています。
晶さん、ありがとうございます。
太郎はんが撮影した写真と一緒に、
どうぞ、読んでみてくださいな。
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私の不登校記 No9
不登校児になるよりも何年か前、
ほんの小さな頃のわたしは、
ひとり遊びが大好きな子どもでした。
幼稚園に行くのを泣いて嫌がり、
朝の時間はいつも母や先生を困らせていたものです。
本当はどこにも行かず、
家の片隅で絵を描いて歌ったり、
許される限りずっとそうしていたかったのです。
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「小学生になったら、
みんなと一緒に座って勉強するのだから、
今はその練習なのよ」
と、母に言われ、
学校へ行くようになったら、
もっと長い時間家から離れなければいけないのかと、
憂鬱になりながらも、
「練習ならば」と頑張って通っていました。
結局その訓練のかいもなく学校には行かなくなってしまったので、
当時の私の努力はかわいそうだけれど、
徒労に終わったと言えるでしょう。
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私が不登校児になったことで一番大変な思いをしたのは
やはり両親だったと思います。
父も母も当然、
娘は普通に学校に通って卒業するだろうと考えていたのに、
それが突然ほとんど何の前ぶれもなく、
そのルートは娘自身の手によって絶たれてしまったのです。
周りの人たちからは「育て方が悪い」と言われ、
一時期は深い悩みの日々を過ごさせてしまったようです。
本当に申し訳ないことでした。
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だからこそ、
「僕は、彼女の学校に行きたくないという気持ちを尊重したいと思います」
・・・・小学6年生の時の担任の先生が行ってくれたこの言葉に、
本当に力をもらったとのちに母は言っています。
                   末富 晶
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「彼女の学校に行きたくないという気持ちを尊重したいと思います」
・・・これと同じセリフ(彼女じゃなくて彼でしたけど)、
わたし、何度か学校の先生に言ったことがあります。(*^m^)
自分の子どもを思って言ったこともあるし、
学校へ来なくなってしまった、ご近所の子どもさんのことを思って、
言ったこともあります。
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今、現に学校に行っていない子どもがいる。
「学校に行っていない」ということ、それだけで、
その子が、
「困った子」「ダメな子」「問題のある子」になってしまうのはおかしいです。
(でしょ?)
学校に行ってないかぎり、その子が否定され続けるのはおかしいです。(でしょ?)
そりゃ、子どもが学校に来てくれてこそ、先生の仕事も成り立つわけで、
とりあえず学校に来てくれんことには話にはならん、
上からの指導もあるやろし、
先生の方が困ってしまうわけなのですが、
それは学校側の、学校の都合のはなし。
その子にとったら、
家ですごすことの方が楽しいし、くつろげる、のびのびできて幸せ。
だから学校に行かず家で過ごす、
ただそれだけのことなのに、
「困った子」になってしまう。(本人は何も困ってないのに。)
否定されてしまう。
学校の都合に合わせると、
その子が学校に行くようになるまではずっと、
その子は「困った子」になり続けなければならないかもしれない。
なんか、ちょっと、ひどい話やねえ・・・。
(「学校に行きたいのに、わけあって行けない子」については、別問題でしょうけど。)
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おまけに、はためから見たら、
「あそこはお母さんが甘やかしてるんとちゃうか」
「育て方がおかしいんとちゃうか」
「もうちょっと子どもに厳しくしなあかんやろ」
そんなふうに、見えてしまったりするわけですわ。
そんな状況、見ていてわたし、わかるから、
その子のお母さんの代わりに、
センセイに言いに行くわけです。
「彼女の(彼の)気持ち、尊重してあげましょうよ」ってね。
そして、さっき書いたようなこと言ってみたりするわけです。
学校を選ばなかった子どもたちのこと、知って欲しいなあと思って。
おせっかいとも思いつつ・・・。
だって、おそらく、センセイにとって、
「子どもが学校に長い間学校へ行かず、家にこもっているらしい」というような状況
は、考えられないことなのでしょう。
学習もせずに、友達付き合いもせずに、学校無しに、教師無しに、
子どもが健常な成長発達を遂げるというのは考えられないのかも知れませんね。
一体どうやって日々を過ごしているのだろうか?
謎だったり(*^m^)、心配だったり、不安だったり、
もしかしたら怖いという感情もあるかも知れませんよ。
これは、助産師さんにとって、
「妊婦さんが、産院に来ないで、家で自分でお産をする」ということが、
考えられないのと、よく似ていることやとわたしは思います。
過去に、わたしがプライベートで出産したいという思いを、
昔からお世話になっていた助産師さんに伝えたとき、
検診受けずに、専門家の指導も医療的な介助もお手伝いも無しに、
赤ちゃんが問題無く生まれてくるということが、考えられないようでした。
そんな突拍子もないことをする妊婦さんについて、
心配だったり不安だったり、恐怖さえ感じておられるのかも知れません。
(わたしはそのように感じたものです。)
というわけで、わたしは、
そういう状況にあったら、何度でも伝えるつもりです。
センセイ方が、理解してくれようと、くれなくても・・・。
子どもたちの中には、
家で過ごすことの方が幸せな子もいるのだということを。
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晶さんのこのエッセイみたいに、
担任のセンセイがそんなふうに理解してくださるなんて、
ほんと、うれしいですね。
うちの子たち、ほぼ毎日学校へ行ってますけど、
学校に行くことを強制していません。
毎朝「今日はどうするのかな〜?」と、
本人の気持ちをできるだけ尊重しています。
学校を休みたいとき・・・、
疲れがたまっているのか、キライな授業を避けたいのか、
体調が悪いのか、ただ眠いだけなのか、なんとなくなのか、
理由もはっきりしないこともあるんだけど、
そんなその子の感性を、わたしら夫婦は、信頼してるんですわ。
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というわけで、
今回も、全国の不登校の子どもたちとその親御さんたちへの、
応援歌みたいなかんじになりました(*^m^)。
わたし、「不登校」という言葉に、たいへん違和感感じるんですけど・・・。
まさしく学校側の都合でできた言葉ですね。
そういう言葉でひとくくりにせんといて欲しいですね。
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