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2014年10月 3日 (金)

15歳おめでとう。

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子どもについて            カリール ジブラン
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あなた達の子は あなた達の子ではない
大いなる生命が自分自身に憧れる
その憧れの息子であり、娘たちだ。
009
あなた達を通して生まれてくるが、
あなた達から生まれるのではない。
あなた達とともにいるが、あなた達のものではない。
006
子どもに愛を与えることはできても
考えまで与えることはできない
子どもには子どもの考えがある。
025
子どもの体を家におくことはできても、
魂までおいておくことはできない。
子どもの魂は明日の家に住んでいて、
あなたたちは夢のなかでさえ、
その家へは行けない。
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生命はあともどりも、きのうにとどまることも、しない。
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あなた達は弓だ。
子どもはその弓から、生きた矢として放たれる。
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射手は、
無限に続く道の先に狙いをさだめ、
矢を速く、遠くへ飛ばそうと、
大いなる力であなた達をたわめる。
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大いなる射手の手のなかでたわめられている、
そのことを喜びとしよう。
飛んでいく矢が愛されているのと同じように、
手もとに残る弓もまた、
愛されているのだから。
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これは、だいぶん前に出会った詩です。
初めて読んだときは、ピンとこなかったフレーズもあるのですが、
今、この頃の長男のことを思うと、
この詩の一句一句が心に染みるようになりました。
初めてこの詩と出会ったときよりもずっと深く・・・・。
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まさしくわたしは、
「考えまで与えることはできない。
子どもには子どもの考えがある。」
それを実感しました。
そして、
「子どもの魂は明日の家に住んでいて、
あなたたちは夢のなかでさえ、
その家へは行けない。」
・・・・このことを、
心から理解できたように思います。
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「子どもたちは 明日の家に住んでいる」
・・・なんてね・・・・。
素敵ですね。
今、同じ屋根の下で暮らして、
すぐに手の届くところにいるけれども、
でも、ほんと、
わたしらよりも、もっともっと先に・・・、
まさしく未来に住んでいて、
わたしらの思いもよらないことを、夢見たり考えたりしているのですね。
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そして、この詩の最後のところ。
「あなた達は弓だ。
子どもはその弓から、生きた矢として放たれる。」
わたしは最初、
子どもが弓なら、
親は、その弓を飛ばす射手なのかなと思いまして(早とちり)、
「よっしゃ!ええとこ飛ばしたるで〜!」と、
思ったりしたのですが、
それは違いました(*´ェ`*)!
親は射手ではなくて、弓なのでした。
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そのことを、あらためて理解したときに、
はっとしました。
ええっとね、
わたしは、ずいぶん昔から自分の名前を簡単に、
ユミエとカタカナで書くようになりましたが、
実は、
実は、
「弓」の「枝」と書くのでした。えへへ。
親が付けてくれた漢字が、
あまり好きではなかったのです。
字画も悪かったり、字もかわいくないし・・・?。
意味は?って聞かれても、この字の通りとしか言えんし。
ぜんぜんロマンチックじゃないし、詩的じゃないし、夢もないしねー。
なんか、良いイメージが無かったのです。
そんなんもあって、
かる〜く、カタカナで書くようになりました。
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そやけど、
はっと思ったのです。
そうか!
わたしは、弓やったんや!
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子どもらを、飛ばす弓やったんやなー!
(そのまんまやん。)
そのことが、
長年の謎が解けたみたいに、ストンと胸に落ちました。
・・・・と気づくと同時に、
お父さん、お母さんに、
ありがとうという気持ちが、じわ〜っとあふれてきました。
このときに、生まれて初めて、
48年つきあってる自分の名前の意味がわかったように思いました。
(たいへん勝手な解釈ですけど。)
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そして、
その弓を射るのは、
「大いなる力」
それは、
逝ってしまった母や兄、それから祖父母や・・・・。
わたしのうしろに綿々と続く命のつながり。
そんなご先祖さまたちの愛。
・・・・ではないかなと、思いました。
これも勝手な解釈ですけどね。
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そして、最後の一節が泣けます。(。>0<。)
「大いなる射手の手のなかでたわめられている、
そのことを喜びとしよう。
飛んでいく矢が愛されているのと同じように、
手もとに残る弓もまた、
愛されているのだから。」
子どもたちが愛されているのと同じように、
わたしたち、お母ちゃんも、愛されている・・・んやね・・・。
うれしいです。
わたしのまわりの世界が、
あたたかく、包んでくれているみたいです。
愛を感じます。
与えることばかりに夢中になっていて、
みんなに愛されているってこと、忘れてしまってたみたい。
愛されてるってこと、自分にゆるしてええんやね。
そんなこと思いました。
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そんなわけで、
わたしが、初めて弓となって遠く遠くに飛んでってもらうのは、
この人になるのでしょうか。
わたしは、喜びをもって、そのときを迎えましょう。(*^m^)
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15歳の誕生日でした。
今年も、ぜんぜん嫌がらずに、一緒に写ってくれました。(*^m^)
おとなとこどもを、行ったり来たり、
からだも心もゆらゆらしている、
さまよう思春期まっただなかの人です。
(なんてったって、明日の家に住んでいるから、
わたしらには、わかりっこないのであります。)
わたし、もう、おまかせしています。(ついて行くだけ?)
いろいろと、こっちが教えてもらってます。
ありがとう。
fuちゃん、お誕生日、おめでとう。
そして、天国にいる、
9月生まれの兄と、10月生まれの母もおめでとう。
いつも見守ってくれて、愛してくれてありがとう。
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コメント

fuくん、おめでとうございます!
また作文を読み返して、最初に読んだとき以上に感動しました。
最初のときは思わなかったですが、もしかしたら中には
「よう、言った!」とこっそり膝を打った先生がいらしたかもしれないですね。

私は心配性だから、一人で海外なんてとても出せないと思いますが
自分も20歳になる前にアメリカに行ったので
もし娘が行きたいと言ったら、「行ってらっしゃい」と言える母になりたいです。

投稿: すぎもと | 2014年10月 3日 (金) 17時18分

すぎもとさん>ありがとう!どうやろねー。そんなセンセイいたんやろかね。驚きやったやろうけど、他の子とは全く違った迫力のある文章やったんやと思う。**すぎもとさん、10代でアメリカに留学?すごいなー。またお話聞かせて欲しいです。

投稿: yumie | 2014年10月 4日 (土) 07時23分

ちゃみさんのところでお世話になっているとき、何度かお会いさせてもらってます、亀岡の田中美奈です。

覚えてくれていますでしょうか(^.^)


ふうくん、お誕生日おめでとうございます。

三年前からブログと、ネパール旅行記を読ませてもらっていて、
ふうくんは、私のこと知らないのに、よく知ってる子みたいな感覚で、
勝手にふうくんの成長を感じて、胸が熱くなってしまいました(^^;


私は、一週間前に無事に三男を出産して、今は久しぶりの赤ちゃんと過ごす日々ですが、いつか、弓となるときがくるのだなあ。

小学生になった長男は、すでに、少しずつ飛んでいく練習をしているようで、ちょっぴり淋しいです。

まだまだ先のような気がするけれど、きっとあっという間なのでしょうね。


これから、大人へとなるふうくん、すごくすごく楽しみです。

素敵な大人になるんだろうなー。

あ、ユミエさんは弓枝さんやったんですね☆
ユミエさんにピッタリの、とっても、素敵なお名前ですー(^^)

投稿: ミナ | 2014年10月 4日 (土) 07時42分

お誕生日おめでとうございます。
大切にお誕生日を祝ってもらえる環境に
感動しています。

そして、この詩を読んで、
涙があふれてきて、心がほわっと膨らむような感覚を
感じています。

私も、大きな力を忘れずにいたいと思っています。

ちょくちょくブログをのぞかせてもらっているものですが、
あまりに心打たれて、コメントさせていただきました。

投稿: akatsumegusa | 2014年10月 5日 (日) 20時28分

20歳前と言っても、行ってすぐ20歳になったのですけどね。
エスカレーターを降りて行く私を見送る母が涙を流していて
そのときは「お母さん、泣いてるー。」と微笑んでしまった私ですが
今は母の気持ちが分かります。
うちの子達は怖がりだから、1人で行きたがる可能性は低いですけど
fuくんは絶対行きそうですね!
旅ブログか旅行記を読ませてもらうのが、今から楽しみです。

投稿: すぎもと | 2014年10月 5日 (日) 23時53分

美奈ちゃん>コメントありがとう。男の子ちゃんがやってきたのですね!三男・・・ってことは、みんな男の子かあ。うちと一緒やねえ。3年前からって・・・ずいぶんと前から読んでくださってるんやね。ありがとう。ほんと、「あっと言う間」やで。こうやって誕生日のたびに、ブログを書くことを通して振り返ってます。お母さんさせてもろてるんやなーっていつも思います。

akatsumegusaさん>ありがとうございます。ほんとうにね、目には見えないけれど、わたしたち、大きな愛で包まれてるんやなあと思いました。すばらしい詩なので、いつかブログで紹介したいなあと思っていて、長男の作文を読んだときに、さらに理解が深まったような気がして、このたび、晴れて紹介させてもらいました。akatsunegusaさんのお心に響いて、ほんとうにうれしいです。ありがとうございます。


すぎもとさん>ああ、そうやった。わたしは山口県から京都に出てきて、小さな学生アパートの窓から、付いてきてくれた両親に向かって手を振ってお別れしたんやけど、その顔がけろっとしていて、寂しさのみじんも無かったようで、母があとあとまでその話を人にしていたのを思い出しました。母親としては、ちょっとショックやったんかも知れませんね。(笑) そんなもんなんやねー。すぎもとさんの投稿のおかげで、思い出しました・・・。ありがとうございます。

投稿: yumie | 2014年10月23日 (木) 06時56分


実は僕もこの詩を知っています。
2年ほど前に自分なりに訳してブログに載せています。
こちら→http://hasegawa-mitsuru.seesaa.net/article/289717399.html

何かとかぶることが多いので(シュタイナーとか老子とかその他にも色々と)、考え方が近いからかななんて思っています。ブログも共感することばかりだし。
自分の思いをそのまま実践されていることについては
本当に尊敬しています。
なかなかできないことです。素晴らしいことです。

ブログいつも楽しみにしています。
応援しています。

投稿: はせがわみつる | 2014年10月23日 (木) 18時48分

みつるさま>ありがとうございます。でもわたし、ほんとまだ修行中。ダメ母ちゃんのときもいっぱいで、子どもらに教えてもらってばかりなのです。コメントいただいて、久しぶりにみつるさんのブログのぞいてみたら、やさしい言葉で素敵な詩がたくさん綴られていて、感動してしまいました。わたしもそんな詩が作られるほどになりたいです。

投稿: yumie | 2014年10月31日 (金) 07時41分

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