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2015年1月22日 (木)

私の不登校記・No11より

Img_5174
高島市社会福祉協議会広報に記載されている、
末富晶さんのエッセイ「私の不登校記」No11を、
紹介させていただきます。
晶さん、ありがとうございまーす。
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・・・「私の不登校記No11」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日、写真の整理をしていて、
ちょうど不登校児となってすぐ11歳頃の自分の顔を
じっくり眺める機会がありました。
実は、驚くほど表情が薄いのです。
無表情とまでいきませんが、
楽しいシーンの写真の中でも、
笑おうとして笑えていないような、
硬い表情をしているのが印象的でした。
 
何度か書いているように、
この頃の私は、
本当に色々な不安を抱えて過ごしていたのだなあと、
あらためて思います。
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「学校」という場所から逃れた先に、
「自分の中にある不安」という大きな存在が待っている・・・。
不登校について、
困難から逃れて楽をしようとしているのだろうという考えもあるようですが、
学校に行かなくなることは、
決してただ漫然と怠けることと同意ではないのだ、と、
この写真を見るとよく分かります。
むしろ、
困難は深まるかもしれません。
誰かの敷いてくれたレールから外れ、
野原を歩き出したなら、
その後起こることに対してはすべて
自分で責任を持たなければならず、
そのためには否が応でも、
自分と向き合いながら過ごすことになります。
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苦労していたのだな、と、
まるで他人事のように思えるのは、
その「重い困難」だったはずの日々が、
今ではすっかり自分を支える「心強い味方」
になってくれているから他なりません。
少年漫画の一ページのように、
心を尽くして向き合えば、
「敵」はやがて「味方」に転じることもあるのだと。
今は宝物に思える時間を写した写真を前に、
そんな風に思うのです。
末富 晶
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末富晶さんのこのエッセイが、
迷いながらもレールを外れて、
自分の足で野原を歩き始めた、
どこかの誰かさんのもとへ届きますように。
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