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2015年2月17日 (火)

ヒマな話・続き

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ヒマな話 という記事に、
はるやの遊び友達、うまこさん が、
こんなコメントをしてくれました。
「長い閑(ながいヒマ)と書いて、
長閑(のどか)。
長閑(のどか)を、
英語で、
peacefulと言う。
peace+full 平和がいっぱい。
みんなヒマになればいいのに。」
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さすが、うまこさん、ええコメントくれるなー。
長閑(のどか)とは、
静かで落ち着いてのんびりしてて、
ゆったりと、くつろいで、
おだやかで、晴れ晴れとして、
気長にかまえていて、
のんきであること・・・、
そんな言葉を、
並べていくだけで、
なんだか心地よ〜くなりますが、
まあ、そのような意味があるようです。
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長くヒマして、
のどかでいて、
平和で満たされて・・・。
良いですね〜。
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「子どもは、
ヒマにさせといたらいい」
みたいなこと、
わたし言いました。
でも、
大人にとっても、
ヒマは大事やなと思います。
ところが、
ヒマにしとこうと思ったらできるのに、
ヒマにできんことないのに、
わざわざ
忙しくしてるような人いますね。
わたしも、
ヒマにしとくのが、
悪いみたいに感じることもありました。
ヒマにしとくぐらいやったら、
クッキーちょっとでもたくさん仕込んでおこう!
とか、
ちょっとでもたくさん出店しよう!
・・・みたいな、
「貧乏ヒマ無し」状態にしておくと、
なんとなく安心というか、
良いことのように、
思ってた頃がありました。
ヒマにしとくことに、
勝手に罪悪感を感じてたのです。
逆に、
忙しくしとくことが、
良いこと・・というか、
人並みというか・・・、
そんなふうに思っていたかも知れません。
はたから見ても、
「あの人、ようがんばってるなー」と、
思われたかったのかな。
よお〜く思い出すと、
中間テストとか期末テストとか、
受験とか、
そういうもんが、人生に登場した中学生くらいから、
なんとなく、
ヒマにしてて、
ぐうたらと過ごすことに、
罪悪感を感じでたように思います。
いえ、
別に勉強に励んでいたわけではなく、
実際はぐーたらと過ごしてはいたんですけどね。
何かもっと、
今するべき大切なことがあるじゃないかと、
自分で自分を脅しているみたいな・・・。
なにかしとかなきゃ!って、
せかされてるみたいに勝手に感じていたのです。
何でかなあ?(そんな、うるさい親ではなかったのに・・・。)
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辻信一さんの、
「しないこと」リストのすすめ
という本に、
ベトナムの禅僧テイク・ナット・ハン師の言葉が、
引用されていました。
私たちは
何もしないでいると
時間を無駄にしているような気持ちになりますが、
それは違います。
あなたの時間は、
何よりもあなたが存在するための時間です。
あなたが
生き生きとして安らぎ、
やさしさや
喜びに満ち、
やさしくあるための時間です。
「ブッダの幸せの瞑想」
テイクナットハンさんは、
人々に「レイジーデイ(怠ける日)」をもうけるように説きます。
その日には、
何も予定に入れず、
ゆっくりと、
時間を気にしないで、
自然にまかせて過ごすのです。
・・・・・・・・・・・・・・・「しないことリスト」のすすめより。

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意識して、

そんな日、

つくったらいいですね。

(うちは、

そんな日を過ごすのに、

もってこいの場所やなあと思います。←何も無いとこやし。)

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「するべきこと」

「しなければならないこと」

そんなことばっかりで、

暮らしの中を隙間無く「すること」で埋め尽くして、

無駄の無いように、

「もっと」「もっと」多く、より速く、

「できるように」、

自分のため、

家族のため、

社会のため、

国のため、

工夫して、がんばっておられる方もいるだろうけど、

辻信一さんは、

今、さまざまな領域の中で「何をするかより、何をしないか」という発想の中に、

「人生をよりよく幸せなものとするための、

重大なヒントがある。

そればかりではない。

ぼくたちが生きているこの社会を、

もっとすてきな場所にするための手がかりが、

そこにはきっとある、」

と、述べておられます。

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なるほどなあと思いました。

例えば、

わたしの身の周りのことで言うと、

子供は、

「育てる」ものではなくて、

「育つ」もの。

「教える」ものではなくて、

「自分で学んでいく」もの。

お産は、

切ったり、開かせたりして(*^m^)、

「産ませる」ものではなくて、

ひたすら心地よく、気長に待って、

「自然に産まれる」もの。

野菜は、

耕したり、肥料与えたりして、

「大きく育てる」ものではなくて、

耕さない、与えない・・・、

でも、そのうちに、

「自然に大きくなる」もの。(自然農がまさしくそうですね。)

病気は、

注射を打ったり、薬を飲んだりして、

「治す」ものではなくて、

「治る」ものという捉え方かた始まる、代替医療。

本来、命というもんは、

何もしないでも、なんとかなるもんや、

時間がかかるかも知れないけれど、

自然に良い方向へ向かっていく力があるもんや、

ということを思い出した上で、

子供のこととか、

病気のこととかと、

つき合っていったら、いいかもねーー。

(今の世の中は、

なんでもかんでも「やり過ぎ」ですね。)

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子どもにたいして、

「すること」「してやること」減らして、

ちょっと足りないくらいにしてる方が、

もともと潜んでいた力が、

引き出されて、ぱあっと花開くものかも知れません。

お産にたいしても、まったく同じ。

わたしは、

まさに、

安全なお産のために必要とされている、

「すること」「すべきこと」全部省いて、

「しないこと」ばっかりのお産して、

眠っていたものすごい女子力?発揮して、

見事なお産できました!

(こればっかりは、自画自賛できる。(*^m^)

子どもたちも、

見事な生まれっぷりでした。

そして、

辻信一さんは、

「原発はもうしないこと」を、

「しないことリスト」にしっかり挙げておられます。

ほんとにね、

原発は、

「すること」社会、

「しなくちゃ」社会、

「もっと」「もっと」の社会、

「速く」「速く」の社会・・・の産物ですね。

わたしたちの親の世代の人たちが、

がんばってくれた時代です。

そのおかげで、わたしたちの今があるわけだけど・・・。

「恨みの言葉を重ねる変わりに、

「ありがとう、

そしてさようなら」と、言おうと思います。

「原発にさようなら」

「古い時代にさようなら」

・・・・辻信一 「しないことリスト」のすすめより

現状を恨んだり、嘆いたりすることもあるだろうけど、

わたしはそっちに力を注ぐよりも、

原発を止めることから始まる、

いろいろな豊かさが、生まれ花開く様子を、

イメージするのが、心地よいです。

そんな素敵な未来を思い浮かべています。

.。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。..。.:**:.。.

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というわけで、

ヒマでいること

しないこと

peaceful

というわけ。(ちょっと簡単にまとめ過ぎた?)

うまこさん、

いいこと教えてくれてありがとう。

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コメント

はじめまして。はるや日記に出会うべくして出会った様な気がして、思わずコメントを書かせてもらいました。私の息子も学校に行かないという選択をしています。母である私は、その事になかなか理解できず(意識では理解して、無意識で理解していない)苦しかったのですが、このブログを読んで道が開ける気がしました。ぜひ、はるやさんご一家にお会いしたいと思いました!!

投稿: ナミル | 2015年2月17日 (火) 18時27分

ナミルさん>そうですか。ありがとうございます。このようなコメントをいただくと、ブログ、書いてて良かったなーとあらためて思います。うれしいです。そして、そんな選択をしている家族も、だんだんと増えていってますよ。またいつかお会いしましょう。

投稿: ユミエ | 2015年2月17日 (火) 18時52分

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