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2015年2月 3日 (火)

根っこにあるもの

 

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大人になって、

友達付き合いや恋愛付き合い?を重ねていくなかで、

失敗もし、

自分の性格の弱点みたいなのが、

わかってきます。

つまづくときに、

同じパターンを繰り返していたりします。

夫婦になったら、

夫との関わりの中で、

子どもができたら、

子どもらとの関わりの中で、

やっぱり、

同じパターンでつまづいてたりします。

ありゃりゃ・・・・。

(→過去から学んでいないcoldsweats01。)

そんなことないですか?

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だんだんと自分の性格の弱点が、

浮き彫りになってくると、

次に、

その弱点というのは、

自分の親との関係に由来するもんとちゃうかなあと、

気づいてきました。

今の自分の根っこにあるのは、

親子の関係やと思います。

それは、

どんな根っこかと言うと、

親から受け取った愛情や、

親との幸せな思い出であることはもちろんですが、

(そういうのばっかりだったら、どんなにいいだろうと思うのですが。)

知らず知らずのうちに、

刷り込まれた価値観とか、

「○○しないと、怖いぞー、幸せになれへんぞー」

とか、

「おまえは、○○してくれんかったから、ダメだぞー、親不孝だぞー」

みたいな、

悪く言うと、呪い?

みたいなもんが、

深ーい、深ーいところに、

居座っているように感じます。

アラフィフになっても、

いまだに・・・。(。>0<。)

わたしにとって、

その根っこは、

とても深く、闇の中に埋まっていて、

愛も、

呪いのようなものも、

どっちがどうなんだか、

見分けが付かないくらいに複雑に絡み合っていて、

大人になってからの人生は、

その根っこを、

少しずつ掘り下げては、

光を当て、

「ほんとうは、どうなってんの?」と、

謎を解いていくようなものだなあと、

ふと、

感じました。

なぞなぞみたいです・・・。

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そんな、

親と子の関係のなぞなぞと解く、

ヒントみたいな、

言葉です。

そして、我が子らとのあり方についての、

羅針盤のようでもあります。

前の記事に引き続いて、

またoshoのお話です。

(紹介させていただいたのは、

こちらのブログです。→

ありがとうございます。)

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子どもたちに対して、

あなたにできることはひとつしかない。

それは、

あなた自身の生を分かち合うことだ。

子どもたちに、

自分もまた親から条件付けを受けてきたことを話しなさい。

特定の理想に従い、

特定の制限の中で生きてきたこと、

そして、

こういった理想や制限のために、

すっかり生を無駄にしてしまったことを話しなさい。

そして、

自分はおまえたちの生を損ないたくない、

完全に自由でいてほしいと

話しなさい。

なぜなら子どもたちにとって、

あなたは過去そのものを表しているのだから。

子どもたちに、

そう伝えるには勇気がいる。

父親と母親には、

途方もない愛情が必要とされる。

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「お前たちは、

私たちから完全に自由でいなければならない。

私たちに従うのではなく、

自分自身の知性に基づいて行動しなさい。

たとえ道に迷ったとしても、

盲従したまま、

いつも正しいことをするより、

はるかにましだ。

自分の考えて行動して間違いを犯し、

そこから学ぶほうが、

他の人に追従して間違いを犯さないよりはいい。

間違いを犯さなかったところで、

人に追従する以外は何ひとつ学ぶことにならない。

そして、

人に追従することは害になるだけだ。」

 

これは、あなたに愛があれば、

いともたやすいことだ。

私に「どうすれば」と訊かないことだ。

「どうすれば」という質問は、

手順や方法論、テクニックを求めているということだ。

だが、

愛はテクニックではない。

子どもたちを愛し、

彼らが自由であることを楽しみなさい。

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彼らが間違いを犯すままにさせ、

どんな点で間違いを犯したのか、

自分で理解できるように手助けしてやりなさい。

子どもたちに、

こう言いなさい。

「間違いを犯すことは悪いことじゃない。

いくらでも、

たくさん間違うがいい。

これこそが、

より多くのことを学び続ける方法だからだ。

 だが同じ間違いを何度も繰り返してはいけない。

そんなことをしても、

馬鹿になるだけのことだ。」

結局これは、

私から単純な答えを得て済む問題ではない。

あなた自身が、

瞬間から瞬間へと子どもたちとともに生き、

ささいなことにおいても、

彼らに最大限の自由を与え、

あなた自身が、

答えを見つけ出さなければならない。

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コメント

ゆみえさん◎ お久しぶりです。ビオチェドちびですー。
去年の末に、子供の卒業文集に載せる、親のコーナーに書いた事、
「お父ちゃんやお母ちゃんと違っても、思った通りに、自分の方をを信じていってなー」みたいなこと(もう細かいところは忘れてしまったのですけど笑)
書いたなーと思い出しました。
本当に自由に子らを手放せているかというと、全然至らないのですけど、
(失敗してるとことかを見るのが痛いから、助言してみたり、共感してみたりと、
なかなか腹が据わらん)最終的には子供らが思うように、持って生まれた個性が
出てくるように、見守れるようになります(なりたいです)
またあったかくなったら、お話会の2回目開催したいでーす!

投稿: ちび | 2015年2月 3日 (火) 22時36分

ちびちゃん>ありがとう。さすが!素敵なメッセージやねえ。わたしも、心からそうありたいと思う。どこまでそうあれるか・・・・、修行みたいやね。**あたたかくなったら・・・・はい。またやりましょう。また、草津方面とハシゴしようかな。

投稿: ユミエ | 2015年2月 4日 (水) 08時08分

こんにちは、はじめまして。いつも興味深くよませていただいています。
あまねちゃんの写真を見るたびに、なんて美しいんだーー、と感動しています。いちばんのお気に入りは大きなマリーゴールドの花をもって幸せそうにはにかんでいる写真です。

わたしは東京の美大に通っている大学二年生です。実家は福岡の田舎で、東京で一人暮らしをしています。
わたしは、ものごころついた頃から、自分が一生無事に生きていけると思えませんでした。何かに夢中になっていたり誰かといるときは忘れていますが、ふと一人になると頻繁に自分の命が危険にさらさらているような気がします。その原因は、地球温暖化の不安であったり、地震(10歳の頃震度5の地震を体験したことによります)であったり、ニュースでみたテロ、拉致、戦争、殺人事件、誘拐、最近だと直下型地震や津波、放射能…。また、まわりの尊敬する大人たちから聞いたごみ問題、養殖で消えるマングローブの話、製鉄による森林破壊、砂糖に蝕まれる日本、などなど挙げ出すときりがありません。
わたしの漠然としていた不安の輪郭をはっきりさせる要素はどんどん増えていき、知ってしまったからこそできなくなってしまったこと、食べられなくなったものが増えました。

わたしには二つの願望があります。
・自分や愛する人、数年後授かるであろうこどもの命が脅かされることなく安全に暮らしたい。
・花鳥風月とプラスチックやコンクリートが共生できる方法を知りたい。

課題をこなしたり、自分の好きなことをしているとき、いつもつい立ち止まっては「自分が今していることは、わたしの願いと反する行動ではないだろうか(例えば、木版画が好きだけれど、木を切ってまで版を彫りたくない・本は作りたいけれど、紙ごみを増やすくらいなら作りたくない、など)」と不安になります。
何かに熱中していても、「わたしがこれをしている間にも草むらがコンクリートの駐車場に変わっているかもしれない、戦争や地震の危機に刻一刻と近づいているかもしれない」と怖くなります。
二つの願いがいつでも満たされず、なんだかいつでも地に足がつかないような気持ちで苦しいのです。


はるや一家は旅をしたり、自分たちで家を建てたり、食べ物を作ったり、火をあつかったり、心地よく生きることを大切にしていて、どんなことがあっても生きていけるように見えてとても羨ましく思います。そんな頼りになりそうな方に、不安な気持ちをただ聞いてもらいたくて長々とコメントをさせていただきました。このコメントは公開しないでけっこうです。
失礼しました。

ゆい

投稿: 唯 | 2015年2月 4日 (水) 20時25分

唯さま>コメントありがとうございます。心のままに、綴ってくださってありがとうございます。わたしは唯さんのこの切実な思いにお応えすることはできないけれど・・・・。わたしは、「恐れ」や「心配」や「不安」から動くことはしないで、「心地よいこと」「たのしいこと」「おもしろいこと」から、物事を選んだり、決めたり、始めたりしたいと思っています。それは、世の中にあふれている深刻な問題を無視するとか観てみないふりをするとか、そういうわけではないです。知ることはだいじです。知ったり、学んだりした上で、「だったらわたしは、どういう世界に生きたいか?どういう暮らしをしたいか?」それに近づくような選択、暮らし方・・・を、今ここで、実践していくだけです。はるか遠い国で起きている戦争は、わたしは止めることができないけれど、今目の前にいる人と平和につながることはできる。そんな目の前の小さなことから大切にしていきたいと思っています。木版がお好きなら、それを心ゆくまで楽しんだらいいなと思います。そしていつか、ご自身で木を植えたり育てたりする暮らしを選んだらもっと気持ちも満たされるだろうし・・・。今は学生さんで無力に感じてしまうかもしれませんが・・・。でも、学生さんだからこそ、純粋に創作活動に励んだり、学んだり、できることたくさんあるだろうなあと思います。未来の種を蒔いている時期でしょう。それを楽しめたらいいですね。

投稿: ユミエ | 2015年2月 5日 (木) 08時24分

いつも、素敵なシェアありがとうございます(^^)

ところで、この写真の滝はどこにあるのですか?
前にも貼ってあって、ステキだなーと気になってました。
良かったら教えてください☆

投稿: 田中美奈 | 2015年2月 9日 (月) 09時47分

田中美奈さま。大分県豊後大野市、緒方というところにある、「原尻の滝」です。九州のナイアガラと呼ばれてるそうです。(ほんとかどうか知りませんけど。)

投稿: ユミエ | 2015年2月10日 (火) 08時17分

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