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2015年3月22日 (日)

終わりの季節・1

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我が家の3人男子は、
3年ごとにオギャーと(・・・は、泣きませんでしたが、)
生まれてきたので、
学校生活をしている現在、
3年ごとに、
儀式があります。
入学式と卒業式です。
↓3年前。
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ひえ〜〜〜。\(;゚∇゚)/
別人みたいに、大きくなりました。
子どもの成長というのは、驚異ですなー!
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この日をもって、
大好きだった、
彼の中学生生活が、終わりました。
義務教育も終了。
フリーです。
仲間たちは、
みんな高校生というはっきりした未来があるわけだけど・・・・。
長男は、
どんな気持ちなのでしょうね・・・。
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このあいだ、
何かの話してたら、
「ボクの中には、
have to と、mustは無い。
want to がある。」
なんて、言うてました。
「しなくてはいけない」ということは、
自分の中には一つも無くて、
「したいこと」があるのみ。
そんなかんじかしら?
わたし、
それを聞いて、感心しました。
「very  good!」
「すばらしい!」
と、思わず大きな声で返しました(*^m^)。
普通の親やったら、
「何言うてんねん。
そんなんで生きていけるかいな?
しなあかんことっちゅーもんは、
あるもんや。」
とかなんとか、言いそうですけどね。
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わたしは、
しなあかんことなんて、
何ひとつない。
何からもキミは縛られなくていい。
とらわれなくていい。
したいことを、したらええんや。
その調子。その調子。
ええかんじで育っとる。大丈夫やな。
・・・と、ほっとしたのです。
↓お祝いのデイナーは、ほうれん草と高きび入りラザニアでした。
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(このあいだ、
初めてラザニアというもんを食べた長男が、
美味しかったと感動していたので、
はるさんが、
作り方思い出しながら、
作ってくれたのです。)
たっぷりやで〜。
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おっと、
お祝いデイナーの話は置いておいて・・・。
卒業式までカウントダウンが始まったころ、
長男が、
思い立って、
自ら作文を書いたそうで、
ある日読ませてくれました。
卒業を前にして、
みんなと違う選択した彼の、
揺れ動く気持ちがとても伝わってくる文でした。
公開しても、かまわないようなので、
ここで紹介します。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨日の夜は、

なかなか眠ることができなかった。

なぜか、

自分の将来に数多くの選択肢があり、

楽しみで、

それでいて少し怖かったからだ。

自分の将来に興奮していたのだ。

ぼくは、

高校に行かないと決めた。

人生に役立つことで、

高校で学べることはないと思ったからだ。

高校へ行くことは、

自分の目標に向かう遠回りの道だと思った。

だから、

何も考えずに中学を卒業したらとりあえず高校へ行く、

と考えている人たちは、

心底もったいないと思う。

しかし、

自分には心の中で、

それをうらやむもう一人の小さな自分がいる。

高校生とは、

人生で一度きりしか味わえない、

貴重な宝物でもある。

ときどき制服を着て、

青春を仲間と謳歌する自分の姿を想像する時があった。

大人の中には、

高校を途中で止めた、

高校なんておもしろくなかったと言う人はけっこういる。

だけど、

みんな立派な大人になっているのは、

もちろんのことだ。

しかし、

自分ははっきりと思うのだが、

ぼくは、

高校生活を思いっきり楽しめるような性格をしていることに気づいた。

現に、

今ぼくは中学生生活を誰にも負けないくらい楽しんでいる。

ちなみにぼくは、

中学校を行くべき所だとは一切思っていない。

小学4年生までは学校に行かず、

とにかく遊びまくっていた。

そのときの楽しかった思い出は、

今でもぼくの心にしみついている。

学校に行かないことの楽しさは、

大人にも負けないくらい知っている。

だから小4の終わりから行き始めた小学校でも、

休みたい時は休んでいたし、

中学校でもそれは変わらなかった。

簡単なことだが、

ぼくは行きたいから学校に行っていた。

しかし、正直、小学校は同級生が少なく、

勉強もおもしろくなかったから、

行きたくないときもあった。

友達が少なかった中学校1年生のときもだ。

友達がたくさんいる今は、

先に言った通り、

勉強も楽しく、

毎日を最高に過ごしている。

そう考えると、

高校には行かないと断言したのが、

もったいないとまで考えるようになったのだ。

そうしている内に、

あることが閃いた。

高校にはいつでも行けるということだ。

そう、

高校にはいつでも行ける。

たとえ50歳でも行けるのだ。

もちろんぼくは、

50歳になってから行くわけではない。

高校に行きたい理由は勉強したいからではないからだ。

同年代の友達たくさんと、

青春を生きる楽しさを味わいたい。

ただそれだけだ。

そこで思い浮かんだ答えがこうだ。

中学校を卒業したらインドに行く。

そこで衝撃を受けて世界観が変わり、

自分のやりたい事を見つけて、

高校なんて行ってられるか!!となればそれでいい。

とくに普通だったら、

それからは家で畑仕事を手伝ったり、

食事を作ったりして家のことをしながら、

やりたい事をやり、存分に楽しむ。

そうしていると、

高校では学べない人生の糧となるような経験をたくさんするだろう。

それで、

その生活が充実して楽しく、

高校なんて行く意味もねえし、普通にみんなと遊んでるし!

となったら、それでいい。

しかし、

それでも物足りなかったら、

それでも高校に行きたかったら、

その時は、

高校に行けばいいと思うのだ。

中学校卒業してから一年なので、

勉強の事もそこまで忘れてないし、

また勉強し直せる。

歳も一年しか変わらないからごく自然だ。

この考えに今のところ自分ではデメリットを感じていない。

最初から高校に行くつもりであったとしても、

その間一年間自由な時間をつくるということは、

とても良いことに思える。

自分を見つめ直すこともできるし、

学校生活を見つめなおすことができ、

今とちがう考えが生じるかもしれないし、

休養と見ることができる。

この考えは自分ではとても素晴らしく思えた。

今まで考えもしなかった。

新たなる将来の選択肢が出来たのだ。

昨日の夜は寝付けなかった。

自分の将来が何でもありのような気がして、

選択肢がたくさんあって、

それが楽しみで、

それでいて怖くて、

興奮していたからだ。

この考えは選択しの一つだ。

定めた道ではない。

明日にはこんなこと思ってないかも知れない。

f

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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何も手本やら見本やら、
マニュアルやら手引きやら無い中で、
自分で考えて、考えて、考えて、
答えを出して、
また考えて・・・・。
辛くないのかな・・・。
自由が重荷になってないかな・・。
なんて、わたし、思ったりしたのですが、
さきほどの彼の、
「have to と mustは、ボクには無い」という話聞いて、
ほっとしたわけです。
わたしみたいに、
学校教育が染み付いて、
「しなくちゃいけないこと」だらけで、
何の疑問も無く育ってきた、
ちゃちな人間とは違って、
やっぱりなー、
新しい時代を生き抜く人間の感性というもんは、
わたしらには、
計り知れないんやわ。
ラーハの時間をたっぷり生きて、
楽しくやってたら、
ちょうどいいときに、
刺激的な出会いやら、何かのチャンスがやってくるんやろう。
ひとつ、
ひとつ、
味わい、感じて、
経験しながら、成長していくんやろう。
なんて、
また、思ったわけ(*^m^)。
↓最後の登校すがた。
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まあ、
そんなこんなで、
はるやの息子らしく、
個性的に育っております。
幼少時から、
彼のことを、
可愛がってくださったみなみなさま、
ほんとうに感謝しています。
ありがとうございます。
022
思えば、
彼が中学生になるのをきっかけに、
彼のことを、
なんやかんやとブログに書くのは控えようと、
心に誓ったのでありますが、(年頃だしね。)
なんか、
けっきょく、
たくさん書いてますね。
長男よ、ごめん。
やっぱり、初めての子は、
何から何まで、わたしにとって新鮮で驚きに満ちているのです。
でも、
意外なところで、
たくさんの人たちが、
このブログを見てくださっている人がいるということを、
あちこちで耳にするようになりました。
このブログのことで、
長男がイヤな思いをすることだけは、
避けたいと思っているのですが、
みなさん、
温かく、ひっそりと見守ってくださっていて、
ほんと、ありがとうございます。
これからも、
どうぞ、よろしくお願いいたします。
長男のことを綴ったこのブログの記事で、
励まされた、
勇気づけられた、
安心した・・・・というようなことを、
言ってくださる人が、
たくさんおられるのも事実です。
長男だけじゃなく、
子どもたちの迷惑にならない程度に、
これからも、
ぼちぼちと、
はるや日記、続けたいなあと思います。

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コメント

こんにちは
年に一度も書き込まないのでHN忘れてしまいます。

子供さんたちの在り方にエネルギーをもらいます。
私は育てたことがないのですけど。

感動をありがとうございます。

お休み残念です。
また楽しみにしています。

投稿: レイ | 2015年3月23日 (月) 22時46分

「ぼくは行きたいから学校に行っていた。」
この静かな言葉が、とても力強く響きました。

興奮して眠れないほど、自分の将来が楽しみだなんて
なんて幸せなことでしょう。
ご卒業、心からおめでとうございます!

投稿: すぎもと | 2015年3月24日 (火) 22時16分

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