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2015年5月30日 (土)

私の不登校記・No13より&「学校以外で義務教育案」?

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インドの話は、お休みしまして・・・。
 
高島市社会福祉協議会広報に記載されている、
末富晶さんのエッセイ「私の不登校記」No13が届きましたよ。
紹介させていただきます。
晶さん、ありがとうございまーす。
今回も、
学校へ行かずに家庭で過ごす子どもたちにとって、
とても大切なこと・・・・(一番大切なことかもしれません。)
書かれていますよ。
↓庭でお花摘みができるようになりました!(雑草ばっかりですけど。)
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私の不登校記・No13
私の家はいわゆる二世帯住宅で、
一軒家の二階部分に両親と私たち兄弟、
一階に祖父母が暮らしていました。
学校に行かなくなってからしばらくの間、
私はよく一階の和室を訪れ、
祖父母と過ごしていました。
祖父は大抵テレビに向かい時代劇かサスペンスドラマを見ていて、
その傍らで祖母に縫い物を教わりながら彼女の少女時代の話や
戦争体験の話などを聞く毎日。
こたつの上にはいつも美味しいお菓子が置いてあり、
つまみすぎてはご飯が食べられなくなって
母に怒られたり・・・・。
そんな風にいつも長居をしてしまうくらい、
祖父母の部屋は当時の私にとって
安心できる憩いの場だったのです。
(↓サッカー男子たちよ、畑を荒らすなー!)
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恐らく祖父も祖母も孫が学校に行かないことについて
良くは思っていなかったはずなのですが、
少なくとも私に直接それを問いただすようなことはしませんでした。
二人がそうせずに、
こころよく部屋に迎え入れてくれていたことは
当時の私にとってとても幸運なことだったと思います。

(↓はるばるNYから遠征してきたでっかい選手、ただいま滞在中。)
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おかげで私は自分の何倍もの時間を生きている祖父母から、
多くのことを学ぶことができたのです。
もしもあの時、
同じ家に住む家族である祖父母に
学校へ行かないことを責められたり、
とがめるような態度をとられたりしていたら、
私はもっと外の世界を恐れていただろうと思います。
(↓人数が揃わない時は、薪を選手代わりに置いてやっとります。)
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こうして思い返してみて、
二人が「受け入れる」態度をとってくれていたことに
改めて感謝の気持ちでいっぱいになります。
 
以上末富晶さんの「私の不登校記・No.13」でした。
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「学校に行ってない」
それだけで、
その子をとりまく大人たちは、
不安になるようです。
心配になるようです。
怖くなるようです。
勉強が遅れるではないか?
将来はどうなるんだろう?
ずっと家でこうして篭っているんだろうか?
友達ができなくなるのではないか?
世間に恥ずかしい・・・。
などなど、
そんな心配は果てしなく広がるでしょう。
その子にとって、
家で過ごすのが
一番くつろげて、安心で、のびのびできて、
「その子らしく」いられているのに、
その子が、
その子らしくありのままでいることを、
受け入れることができないことが多いようです。
その子の命を思う、
その前に、
「子どもは学校へ行かなければ!」
という思いの、
厚い壁が、立ちはだかるんでしょうかね。
子どもが学校へ行かないということを、
受け入れるということは、
家族の人たちにとっても、
大きな試練だったりします。
長年思い込んで築いてきた「こうあるべき」という枠を崩して、
再び築き直さなければならない。
辛いことかもしれないでしょうけどね。
まだまだ、
ホームスクーリングやフリースクールを、
「こっちの方が楽しそうだから〜」と、
喜びをもとに選択している
ご家庭は、少ないようです。
(「子どもが不登校になったから、
止むを得ず今はそういう選択をしている」というご家庭が多いようです。)
「学校でなくても、
子どもは学ぶことができる」
そんなふうに考えている家庭は、
いまだ、
少数民族です。
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ところがですね、
先日朝日新聞にこんな記事が出てました!
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子どもたちが学びの場を選ぶ権利は今も、
もちろんあります。
でも、
もっと堂々と、
「わたしは、近所の学校へ行く〜」
「わたしは、家でホームスクーリング〜」
「わたしは、ちょっと遠いけど、フリースクールまで行ってみる〜」
「わたしは、基本、家にいるけど、たまに学校へも行くわ〜」
ってなかんじで、
選ぶことができる時代がやってくるんですね。
学校の先生も、
教育に関心がある人も無い人も、
おじいちゃんおばあちゃんも、
近所のおじさんおばさんも、
商店街の人たちも、
郵便配達のお兄さんも、
コンビニのお姉さんも、
学齢前の小さな子どもたちも、
公園のママ友さんたちも、
みんな、みんなが、
当たり前のこととして、
それを知っているという時代がね。
(例えば、平日の真昼間から、
大きな子どもが、そのへんうろうろしていても、
不思議がられない時代がね。)
そうなると、
もっともっと、
ホームスクーリングしたり、
フリースクールへ通う子どもたちの輪も広がるでしょう。
子どもたちがそれぞれに、
自分にあった学び方ができるというのは、
ほんま、すばらしいです。
学校教育の方も、きっと変わってゆくでしょう。
考えるだけでワクワクします。
まあ、
この国のことだから、
家庭やフリースクールでの学びを、
どのように、管理してくるのか、
わかりませんけどpig
大きな一歩だと思います。
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