« インドで考えた | トップページ | いちゃりば・ちょーでーの日々。その1 »

2015年7月12日 (日)

日日是好日でやっとります。

Img_8652

高校へ行かないという選択をした長男。

卒業してから、

4ヶ月近くになるかな。

とても、良いかんじです。

このくらいの年頃の人が、

学校行かないで、

家にいると、

どんなになるんやろ。

同年代の友達付き合いや先生との関わりや、

テストで良い点を取ることのおもしろさ(*^m^)、

学校行事など、

学校生活のいろいろな醍醐味を

一度味わってしまった人が、

それ無しで、

どこにも属さずに、

どんなふうに日々を過ごすのだろう?

果たして満足できるのであろうか?

わたしにとっても、

未知のことでしたが、

そんな日々が始まってみれば、

まあ、

なんのことはない。

昔、ホームスクーリングしていたときのこと、

思い出すくらいに、

歳が変わっても、やることはおなじです。

いや、ちょっとは違うか。

なんとなく「自覚」というのを感じます。

そのことについては、今は置いときます。

Img_8301_1

ええっと、

長男は、

毎日ほがらか。

ご機嫌さんで、

好きなことを、

好きなだけやっているのです。

Img_8405

高校行ってたら、

テストがあったり、いろいろな行事があったり、

部活の試合があったり、

まあ、

だいたい一年間の流れ、

決まってますね。

「来週はテストがあるし」とか、

「体育祭の練習があるな」とか、

「試合があるな」とか、

「もうすぐ卒業」とか・・・。

先のことが、だいたい決まってます。

「次は中間テスト~」

「次は期末テスト~」

と、行き先がわかっている電車に乗っているようなかんじかな。

ま、

乗り遅れないようにしてたら、

ええわけですかね。

Img_8615

ところが、

学校行ってないと、

ほぼ何も決まってない。

目の前にレールが無い。

先が見えない\(;゚∇゚)/。

先が見えないとね・・・、

不安になる人もいるかも知れない。

でも、

長男の様子を見ていると、

先が見えない分、

その日、その日を大事にしているように見えます。

先が見えないことを、

楽しんでいるようにさえ見えます。

学校へ行っていたときよりも、

出会いひとつひとつを、

出来事ひとつひとつを、

大事にしているように見えます。

目の前の景色を、

ひとつひとつ楽しみながら、味わいながら、

レールのないところを、

自分で運転しているかんじです。

自分の好みのはやさで。

自分の気になる方へ向いて。

途中停まったり、

また走り出したり、

すべて自分のペースでね。

知っている道を行くよりも、

知らない道、

新しい道見つけて行くほうが、

わくわくドキドキしますけどね、

そんな感じの日々かもしれません。

↓三男坊専門の美容師さんです。

Img_8551

学校行ってた頃はね、

何かおもしろそうなことが巡ってきても、

「その日は学校があるから、あかんなー。」

とか、

「テストが終わってからじゃないと・・・」

とか、

そういう言い訳が出てくるんですよ。

忙しいしね。

でも今は、言い訳なし。

毎日予定なし。(まあ、たまにあるけどね。)

毎日が宿題のない夏休み(≧∇≦)!

「暇やし、やってみよっかなー。」

「暇やし、行ってみよっかなー。」

「暇やし、会ってみよっかなー。」

となるわけです。

そして、そうとなると、

俄然、はりきって、

楽しみにそのことに取り組むわけです。

時間制限無しに。

まあ、「暇やし」というのは、

長男にしたら、余計かも知れませんけど。

この「暇」ってのが、

実はものすごい可能性を秘めてるんやなあと、

今の長男見てて、感じる日々です。

「暇」すばらしい!

「暇」ばんざい!

長男くらいの年頃の子を、

暇にさせとくのが、

こんなに素敵なこととは思いませんでした。はい。

こんな素敵なこと、

広めたいくらいです。

将来どうすんの?

ずっとこのままのんびり暇にしてていいの?

(注・本人は暇にしているつもりはまったく無いと思います。)

そんな心配する人いっぱいいるでしょう。

でもわたしは、知ってるから。

長男が、やるとなったら、

進学にしろ、仕事にしろ、何にしろ、

なんでもできる人だと言うことを。

でも、

今は、そのときじゃないってわけ。

だから何も不安なことないです。

それどころか、

とても長男を頼もしく思っています。

Img_8669

先月、

縁あって、

アメリカからホームスクーラーN君が

我が家にやってきました。

彼がやっぱり、

のびのびと、悠々と、

うちで暇を楽しんでいました。

そしてね、

「何が好きなの?」「何がやりたいの?」

なんて質問を投げかけると、

「何でも!何でもやるし、何でもやりたいよ!」

とN君の答え。

それを聞いて、

ああ、長男と一緒だなあと、

内心感動していました。

長男がインドに一人残り、

2週間ほどホームステイしたのですが、

まさに、

好きとか嫌いとかを超えて、

「何でもやるよ!何でもやりたいよ!」

と、

両手を広げて、

目の前に差し出されるもの、

すべてを受け入れて、挑戦して、楽しんでいた、

そのときのこと、

思い出しました。

Img_3016

目の前にレールが無い分、

「しなければならない」ことが、少ない分、

余白があるのです。

余裕があるのです。

ゆとりがあるのです。

余裕がある分だけ、

何か新しいことが入ってくるのです。

そのアメリカからのホームスクーラーのN君は、

小学校3年でやめて以来、

ずっとホームスクーラー。

高校は行ってみようかなと、

入学するも、

1ヶ月で辞めた。

「なぜ?」と聞くと、

「どの生徒に聞いても、

学校は、たいしておもしろくないという。

みんなが行っているからとか、

それが普通だからとかいう理由で、

若い時に、

高校で時間を過ごすのはもったいない。」

「高校は大学に入る試験のための勉強ばかり」

そんな話を聞いてると、

まさしく、

長男が、

ちょうど去年の今頃学校で書いた作文

同じだなあと思いました。

Img_8658

N君と出会えて、

長男もあらためて、

自信がついたんとちゃうかな。

「これでいいんやな」と、

再確認できたんとちゃうかな。

ここにも、

自分と同じ考えをもった人がいた。

アメリカで、

かっこよく、のびのびと、自信を持って、

学校へ行かない選択をして、

自分の時間を生きている人がいた・・・ってね。

そして、わたしは思いました。

N君や長男みたいな人が、

どんどん増えていったら、

おもしろい世の中になるな〜と。

Img_8663

そんな出会いなどもありながら、

長男は家中心に過ごす日々ですが、

実に、充実してそうな日々です。

着実に、生きる力をつけていってるというかんじもします。

忙しそうにしてはります。(何がそんなに忙しいんや?(^-^;)

何も無いところから、

自分でそうやって、

やること見つけて自分を充して過ごすことができる。

すごいなー。

と、

はるさんと密かに感心しまくっています。

密かに尊敬しております。

これって、才能?

自分で自分を楽しませることができるというのは、

無敵かも知れませんね!

Img_2918

一体全体、毎日、

どんなことしてはるの?

とみなさん気になるでしょう?

それはまた気が向いたら、

いつの日かに書こーかな。

|

« インドで考えた | トップページ | いちゃりば・ちょーでーの日々。その1 »

ホームスクーリング」カテゴリの記事

子ども」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。
いつも、いいなあと読ませていただいています。
内容も、写真も含めて・・。

子供さんを信じておいでのことが
ストレートに伝わってきます。

「自分で自分を楽しませる力」って本当大事だなあと、それが欠け気味な私は切実に思うのです。

HNまた、忘れています。違っていたらごめんなさい。

投稿: rei | 2015年7月13日 (月) 09時47分

reiさん、ありがとうございます。
ほんと、自分で自分を楽しませる力、
大人にも大事ですね。
まずは自分が自分を満たすことができなければ、
周りの人たちとも幸せな関係を創ることができないのかもしれませんね。

投稿: ユミエ | 2015年7月16日 (木) 04時24分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1191000/60709588

この記事へのトラックバック一覧です: 日日是好日でやっとります。:

« インドで考えた | トップページ | いちゃりば・ちょーでーの日々。その1 »