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2015年12月23日 (水)

例えば、九九のはなし。

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今年の夏に、
山水人で、
「こどもの学びはこどもが決める」というテーマで、
パネルトークのイベントやりました。
(何回かこのイベントの感想などを記事にしています。→✳︎

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そのときに、
現役ホームスクーラーの子、
もとホームスクーラーの子、
フリースクールに通っている子たち、
そのお父さんお母さんたち・・・、
に、
トークをしてもらった中で、
「勉強は必要だが、
自分で必要だと思ったときに、
取り掛かるので間に合うと思う。」
「将来困るだろうと、
安心のために貯金していくみたいに、
興味があるなし関係なく、
一律に同じ勉強をさせられるよりも、
今やりたいことを
思い切りやれることの方が、
もっと素敵だと思う。」
というような話が、
パネラーである子どもたちの中から出ました。
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子どもたちの、
あまりにも楽天的な?考え方を聞いて、
「いやいや、
世の中、そんな甘くないよ!」
と、
思われる大人たちも少なくないと思います。
ほんとうにそんなのでいいの?
好きなことばっかりしてて、
大人になって困らないのかなあ?
イヤなことも我慢して取り組む癖つけとかないと、
将来自立できひんのとちゃう?
そんな見方をする方、
いっぱいおられると思いますよ。
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でも、
わたしは、
息子らのホームスクーリング時代に、
「学びたい!と思ったときが、
その子の学びどき」
「自分で本当に学びたいときは、
困難に見えるようなことでも、
面倒臭そうなことでも、
楽しんで取り組む。
おもしろいほど、力を発揮する。」
などなど・・・を、
思い知らされたので、
今は、
ほんと、
そんな生き方で、
ひとつひとつ、
未来は開けていくんじゃないかなと、
思っています。
↓暖かい場所の取り合いしてます。
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例えば、
九九のはなし。
わたしの子ども時代、
一人づつ、
先生の前で九九を暗唱しなければならなくて、
うまく唱えられなかったら、
叱られたり、
やり直しさせられたりして、
恥ずかしかったし、
イヤだったなー。
苦手だったしなー。
いえ、昔話ではなく、
現在でも、
わたしの身近なところの子どもさんたちで、
九九で苦労してる話、
よーく聞きます。
九九のために、
学校行くのも嫌になったって話も。
でも、
このたび紹介させていただく、
星川まりんさんという方の記事、
「17歳で九九をおぼえるには1時間でいいという話」
読んだら、
「な〜んだ」って思うかもよ。
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星山まりんさんプロフィールより。
自分の意思でやることは、
それが勉強であっても、すごく楽しい。
楽しいことには夢中になれるし、
おのずと結果もついてくる!
12年間の学校に通わなくても、
つらい思いで勉強をしなくてもいい。
大学へ行くための道はひとつじゃない!
生きかたはたくさんある!
こちらは、
星川まりんさんの記事を紹介しておられた、
フリースクールまんじぇさんのコメントより。
 
〜小中高校行かないでいきなり大学へ行った、
まりんさんの投稿です。
本当にその通りです。
だいたい例えば小学校の低学年程度の算数なら、
わざわざ教科書開いて勉強しなくても、
普通に生活していれば、出来るようになっていきます。
3+9の計算を一斉授業で習わなかったら一生できないままなのか?
そんなわけはありません。
生活の中で必要なことはごく自然に覚えていきます。
それをわざわざ早い年齢で、
やりたくなるモチベーションもないまま強制的にさせられたら、
嫌いになる子がたくさん出るのは当たり前とも思います。
逆に自分がやりたくなったときにやれば、
たとえ難しいことでも楽しいチャレンジになります。
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              星川まりん
ちょっと肩すかしなことを書くと、
高認はけっこう簡単な試験だったりする。
ふつう、学校では、クラス全員のペースにあわせて、
ゆっくり勉強が進められていく。
とくに小学校は、6歳や7歳の子が理解できるように、
ゆっくりと進めていくからこそ、
6年という長い月日が費やされる。
6歳では毎日ゆっくりでなければわからなかったことも、
17歳になってからはじめてやってみると、これはすごくあっけない。
まして、子どもがみずから望んで、
やりたくてするわけではない学校の勉強と、
自分が自分のために進んでやる勉強は、ぜんぜんちがう。
各科目の勉強についてはまた別で書いてみるけれど、たとえば算数。
わたしの場合、九九は1時間くらいでおぼえられたし、
四則計算もすぐにできるようになった。
これもたしか、1時間くらい。
それはわたしが特別だとかいうんではなくて、
ほんと、すごく自然なことだ。
四則計算や九九をおぼえる年齢のときって、
実際は計算をほとんど必要としない。
なんの役にたつのかも、あんまりわからない。
そういう状態でただおぼえていくのは、つらい。
解くことが楽しいというのでなければ、
やっぱりふだんの自分の遊びをしたくなる。
けれど17歳にもなれば、
生活のなかでたびたび計算が必要になってくる。
そのたびに指おり数えてきたわたしが勉強すると、
滑らかに算数を吸収することができる。
それはやっぱりすごく自然なことのように思う。
だから、九九の便利さが、とてもよくわかる。
ああ、これはたしかに覚えておくといいな、と思った。
思ったけれど、
でも九九を知らなくたってふつうに生きてくることができた。
それなら、将来必要になるから!といって、
遊びたい時間を削ってあたまを痛めて、
みんなおなじタイミングで覚えなきゃいけないってことは、
ないと思うのだ。
おなじ苦労ならともかく、
数年後にやれば、
ものの1時間で終わってしまうことだったわけだし。
それで、高認のレベルというのは、
それほど高くない。
聞いたところによると、大学入学資格にもかかわらず、
高校三年生ではなく一年生くらいのレベルらしい。
一年生。そういえば数学もⅢではなくⅠだった。
なぜなんだろう、とは思うけれど、
ハードルが低いのは正直うれしい。
お情けなのかもしれないけど、
どんな目的であれ高認は通過点にすぎないんだから、
楽に越したことはないよな~、とわたしなんかは思う。
まあ、でも、レベルが高くないとはいっても、
それは小学校、中学校、あるいは高校と、
ある程度は勉強してきたひとたちにとってのことだ。
簡単だかなんだか知らないが、
わたしはホントにもう小学一年生の一学期ぶんくらいしか勉強していない。
だから、自慢じゃないが引き算もあやういし、
テストというものをついぞ受けたこともない。
たぶんそのときのわたしには、
小学二年生の宿題さえ解けなかったと思う。
でも17年間、まるで必要なかった。
ほとんどはじめての勉強は、とても楽しかった。
楽しかったから、続けることができたし、
2ヶ月半の期間で合格することもできたんだろうなと思う。
なんで楽しかったのかといえば、
やっぱりそれがやりたいことだったからだ。
大学に行きたいという気持ちの通過点。
あとは、みんなこんなことやってたのか~、
という、微妙な親近感とかか。
後追いならではのひらけた視界がおもしろかった。
高認を受けようというひとは、
それ自体が目的なんではなくて、
なにかのためにその資格がほしいことが大半だろう。
だから、
高校をやり過ごしているひとたちよりもよっぽど勉強への熱がある、
と、わたしは思っている。
少なくとも自分はそうだった。
そういうひとたちの力になれることがあればなりたいなと思うし、
大学に行きたいなら方法はいくつもあるってことが、
ちょっとでも伝えられればいいなと思う。
12年間まるまる学校へ行かないという選択はしづらいにしても、
むりして学校へ行かなくても道が閉ざされるわけじゃない、
というかむしろ広がることもあるかも、
ということとか。
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以上でーす。
ここで言わせてもらうと、
星川まりんさんが書いておられるようなこと・・・、
例えば九九を1時間で覚えてしまうようなエピソードは、
すごく特別な例でもなく、
ホームスクーリングしている家庭や、
フリースクールでは、
日常茶飯に起こっていることで、
特別優秀な人なんでしょ?とか、
うちの子には無理だわー、とか、
そんなこと・・・・無いんです。
うちの長男も、
ホームスクーリング時代に、
似たような経験いっぱいしたから、
それは、
自信持って言えるのです。
誰もが、
そんな力を備えていると思っています。
その人にとって、
何かピン!とくるものが生まれたら、
学年にも、年齢にも関係無く、
人は誰でも、
学び始めるし、
学ぶ方法も、
なんとかして自分で見つけるし、
自分で見つけて、
夢中になって、
どんどん吸収していく。
びっくりするような力を発揮するもの。
なんというか・・、
上っ面だけじゃなくてね、
その人のイノチが、
それをやりたがっているってかんじ。
やる気が、
おのずと湧いてくるかんじ。
そうなると、
すごいですよ・・・。
まあでもね、
待ってられないのよね。
「この子が九九を学びたいって思うときまで、
待ってみましょう」
なんて言ってくれる先生いないよね。(*^m^)
先生たちにしたら、
2年生で九九を覚えとかなきゃ、
3年生で、4年生で・・・・、
中学で、受験で、高校で・・・。
この子が困るんです!coldsweats02
そんな生徒を持つと、先生も困るんです〜〜〜!shock
と、なるでしょう。(*^m^)
ああ、もったいないなあー。
なんとかならんかなあー。
ほんとは、
辛い思いして九九やって、
毎日を過ごすよりも、
もっともっと、
この子のイノチが生き生きと、のびのびと、
喜ぶ過ごし方があるだろうに。
ま、
とにかく、
星川まりんさん、
素敵なお話、ありがとうございます。
まりんさんがおっしゃるように、
「むりして学校へ行かなくても道が閉ざされるわけじゃない、
というかむしろ広がることもあるかも、
ということと」
ですね。
オルタナテイブな教育を選んだ子どもたちが、
これからどんどん大人になって、
発信してくれる時代になってきたかんじです。
実体験された方のお話は、
後をつづく人たちへのエールになりますね。
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コメント

ゆみえさんこんにちは、以前長男が私立幼稚園に入園して荒れ、退園させた時にコメントさせて頂いた事があります(^◇^)
あの後、地元の森のようちえんに出会い、長男も私も水を得た魚のように元気になりました。

元々ゆみえさんのブログに出会ったのは、私がガチガチな食育にはまり、自然生活や自然食をやらなきゃいけない!と、物凄く窮屈になってた時でした。ガチガチ生活に疲れ、今では堕落した生活で、暫くこちらにもお邪魔してなかったんですが、最近私が本音で生きるとか、やりたい事をやるとか今を生きるといった事を実践してると、ゆみえさんが書かれてた事に対局ともいえる場所で出会う事も多く、不思議だなーと思ってます(*^_^*)
そして久しぶりにお邪魔させて頂くと、より自分の心にゆみえさんの言葉が入って来ます。

長男は来年小学校入学の年になります。普通に見て、うちの長男に小学校が合うとも到底思えない( ̄◇ ̄;)それに、せっかく持ってる今を生きる力をつぶしに行くようで勿体無いと思ってしまいます。
学校に行かずホームスクーリングには抵抗はないしむしろ有益だと思うんですが、ベッドタウンのアパート暮らしで、他に何して過ごすのか?学校に行かない場合、子供同士関わる機会が少ないのも悩ましいところです( ;´Д`)
今はとにかく、私がまず自由になるため、去年から企業して、稼ぐ道模索中です。
小学校行かなくても、家族で地球を学び場にしたいと思って(*^_^*)

投稿: 橘なな子 | 2016年1月10日 (日) 23時47分

なな子さん、コメントありがとうございます。
ご長男入学のこと、先に答えを出さ無いで、
とりあえず、長男くんに決めてもらったらいいのではないかな。
「何して過ごすのか・・・」「子どもどうしが関わる機会は?」等、
とりあえず、
それを始めてみたら、
おのずと、いろいろなことが見えてきます。
今の時点では見えなかったこと、
予想しなかったこと・・・が、
生まれてくるとおもいます。
最初から、
決めつけない方がいいかなと思いますよ。

投稿: ユミエ | 2016年1月14日 (木) 10時38分

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