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2016年3月31日 (木)

春分のころに。

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少し前、春分でした。
昼と夜が同じ時間、
「陰」と「陽」とがちょうど
バランスの取れている
春分の前後日は、
あの世とこの世の風通しがよくなるので、
先祖供養をしましょう、
ということで
お彼岸という行事が
続いているわけなのです。
と、
何かで読みました。
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「あの世とこの世の風通しがよくなる。」
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ああ、
ちょうど、そんな時やったんや。
ご近所のおKさんが、
お布団の中で、
眠ったまま(・・だと思われます。)、
あの世に移っていかれたのは・・・。
あの世とこの世を隔てる境目が、
ゆらゆらと風に揺られる羽衣のように、
薄く、軽やかだったのかもしれません。
ふっと、あちら側に、
風で運ばれてしまったのでしょうか。
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その日は、
きっと、
いつもと同じように、目が覚めて、
いつもと同じように、1日を過ごし、
いつもと同じように、夜を過ごし、
いつもと同じように、眠りにつかはったのでしょう。
87歳というご高齢な場合、
眠りにつくときに、
「明日、生きてるかな?」
「起きられるかな?」
なんて、
思うのかしら。
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「たとえ明日 世界が滅亡しようとも 今日 わたしはリンゴの木を植える」
(マルティン・ルター)
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おKさんが亡くなられたと聞き、
わたしはね、
この言葉を思い出しましたよ。
おKさんが、
「たとえ明日、世界が滅亡しようとも」とか、
「たとえ明日、わたしが亡くなってしまおうとも」とか、
そんなこと、
考えておられたかどうか。
それは、
わかりません。
でも、
おKさんは、
今日できることを、
淡々と丁寧に暮らしておられました。
年々老いていって、
ひとりではできなくなったことが、
ひとつ、またひとつと、
増えていってたようでしたが、
おKさんの手料理や、
おKさんの手から生まれた、
箒や鍋敷きなど暮らしの道具の数々。
いつもきれいに清められたお庭。
四季折々に咲くお花たち、
手入れされた見事な畑、
軒下に干された豆や野菜たち、
玄関まですっきりと除雪された家のまわり。
ひとり暮らしでも、
大切にされた節句や年中行事。
変わらず、こつこつと、
ひとりでできること。
日々のていねいな暮らしを、
積み重ねていっておられました。
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日々、
丁寧に、
淡々と、
整えてゆく、
美しい暮らし。
通りすがりに、うっとりと、
わたしは眺めていたものです。
田んぼに囲まれたおKさんのおうち。↓
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おKさんから、
昔話聞くの、好きでした。
日本海まで、
買い出しやら、子どもの癇の虫封じ、などで、
子どもさんを背負って、歩いて行ってた・・・とか、
ネパールの山岳民族みたいな話。
聞いてびっくりの話ですが、
おKさんは、
いつも、
「そんなもん、どうってことあらへんわ」
「みんな、そうしてたもん。」
「そういうもんやと思ってた。」
なーんてね。
ケラケラと、
面白そうに笑っておられました。
毎年お山の学校の子どもたちの、
田んぼの師匠として、
田植え、草取り、稲刈り、脱穀・・・と、
可愛らしいもんぺ姿で、
一緒に作業してくださいました。
腰の曲がった小さな身体で、
ひょいひょいと、田んぼを歩き、
誰よりも、
早く、正確に、美しく、軽やかに、
苗を植えたり、
縄を綯い、
刈り取った稲を束ねたり。
その立ち居振る舞いの美しさに、
いつも、見とれていました。
おやつに用意してくれてはった、
手作りのかき餅美味しかったです。
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生まれてからずっと、
この山奥の小さな里で、
物心ついた頃から、
田んぼに出て、
お百姓してきはったおKさん。
機織りが上手やったと聞きました。
若いお嫁さんたちを助けながら、
日本海までの峠を歩いたと聞きました。
お年頃の娘さんのように、
ケラケラといつも笑顔で、
「ありがとう」と言うと、
必ず「ようこそ!」と笑顔と一緒に返してくださいました。
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わたしは、
おKさんのような、
ただただ、
日々の暮らしをていねいに、
こつこつと積み重ねていかはったような女性を、
心から尊敬します。
立派やと思います。
なんて美しく、芯の太い生き様だろうと思います。
おKさんだけじゃない、
ここらのおばあさんたちの住むお家はみんなそう。
ていねいに、こつこつと、
整えてゆく暮らしが見えます。
肩書きもなく、
歴史の残るような何かを成し遂げたってこともなく、
有名になることもなく、
外に向かって表現することもなく、
ひっそりと、当たり前のこととして、
こんな美しい暮らしを、
紡いでこられたこの国の女性たちに、
頭が下がります。
(例えば、
森のイスキアの、佐藤初女さんや、
染色家の志村ふくみさんたちに、
何か通じるものがあると思うのです。)
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そんな暮らしぶりを見るたびに、
自分が住むこの場所こそが、お宮さん・・・・。
まるで聖地だなあと思うのです。
自分を大切にするということは、
自分のいる場所を大切にするということ。
自分のいる場所を聖地にしていくということ。
日々清々しく、美しく、気持ちよく、
住まいを、暮らしを、
整えてゆくということ。
自分が食べるものを、
手間暇かけて、
育てるということ。
心をこめて、
ご先祖様にお参りするということ。
これこそが、
美しい暮らし。
美しい人生。
そんなことを、
教わりました。
ご自分で清らかに、美しく、
整えてこられた、
ご自分の聖地から、
あの世へ旅立っていかれたおKさん。
お見事やなあと思いました。
なんて美しい旅立ちだなあと思いました。
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おKさんたちが、
日本海まで通った道、
今わたしは、
娘と、犬と、一緒に歩いています。
かつて、
ここに住む女の人たちが、
子どもを背負って、
ときどきおっぱいあげたり、おむつ換えたりしながら、
歩いた道。
その人たちで、
踏み固められた道です。
暮らしの道が、
いつからか、
登山者の道となりましたが・・・・・。
わたしは、
おKさんのこと、
思い出しながら、歩きます。
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おKさん、
美しい人生を見せてくださって、
ありがとうございます。
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