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2016年4月26日 (火)

森の中で思う。

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森通いの日々。

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春の妖精たちとの出会いの日々。
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お花は付いて無いけど、
カタクリの群生。
(葉っぱが1枚の年は花が咲かないそうです。)
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いつも、
足の向くまま、
気の向くまま、
そこらの森へ入ります。
この日は、
次男坊も一緒だったので、
ちょっと険しいところ行ってみました。
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沢を上ってみましょうか。
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この水は、
どこから生まれてくるのでしょう。
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わたしの暮らすこの山里。
家のまわりも、
森の中も、
どっちを向いても、
清らかに水の流れる音がしています。
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滲み出ていたり、
湧き出ていたり、
ちょろちょろと、
さらさらと、
滔々(とうとう)と、
とどまることなく、
流れつづけています。
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こんなにも、
豊かに。
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豊かに、
絶えることなく、
きっと、
この国のどの森からも、
水は湧き出ているだろうに・・・・。
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今もなお、
熊本や大分では、
水が足りなくて困っている人たちがたくさんおられると言う。
それが、
ピンとこなかったのです。
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父が大分に住んでいるので、
熊本は何度も行きました。
積雪が多く、
冬の間は何も収穫できなくなる、
この山里と違って、
一年中何かしら採れる野菜や果物で、
「道の駅」などは、
冬でも、収穫物でいっぱいでした。
豊かだなあ。
自給自足の暮らしするんだったら、
こちらの方がずっとやりやすいだろうなあ。
温泉もいっぱいでいいなあ。
よいところやなー。
いいなー。
いいなー。
と、
訪れるたびに、
思っていました。
そんな、
わたしが勝手に抱いている豊かな熊本のイメージと、
今の熊本の現状が、
重ならなかったです。
たいへんショックでした。
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3・11の後、
原発から少しでも遠く、
少しでも安全なところへ・・・と、
新天地を求めて、
東の方から、
移住した友人知人たちも少なくありません。
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みんな、
どんな思いで、
あれからの日々を生きているのだろう。
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わたしの目の前に映る、
この豊かな暮らしも、
大きな災害のもとでは、
ひとたまりも無いのか。
そんなにも、脆いのか。儚いのか。
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そんな、
不確かなものの上に、
成り立っている、
この豊さなのか。
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ならば、
毎日が、
奇跡だなあと思う。
一瞬一瞬が、
奇跡の連続や。
そんな思いは、
強くなるばかり。
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そして、
この清らかな命の水が、
ただただ素直に、
上から下へと流れていくように、
わたしたちの思いも、
必要なところへ、
サラサラと流れていきますように。
循環していきますように。
少しでも、
潤い満たされますように。
その思いを、
お金というエネルギーに変えて、
わたしのもとから、
送り出しました。
(たくさんではないけどね。)
熊本や大分のために、
生かしてくれるという人たちのもとへ託します。
これが、
今のわたしにできること。
水のように、
豊かに、
とどまることなく、
めぐらせていかなきゃ。・・・・・と思ったのでした。
森の中で・・・。
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