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2016年5月10日 (火)

積み木と畑

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ブログでも紹介した、
先日のオーガニック&つながるつながるマーケットでの、
市場付属大学の、
藤原辰史さんの講義、
面白かったです。
今回は、
「食べ物」の話ではなくて、
なんと、
「積み木と畑」についてのお話でした。
「積み木」?
「畑」?
へ?
いや、
これが面白かったんですー。
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いわゆる、
「幼稚園」「Kindergartenというものを誕生させた、
幼児教育の祖、
ドイツの教育学者フリードリヒ・フレーベルさんの、
お話で始まりました。
(日本で言ったら江戸中期の頃かな。)
フレーベルさんは、
子どもは「神的」なもの。
厳しくしつけたり、
管理する必要は無い。
見守って、
本来持つ力を引き出すような教育を。
待つ教育を。
と、
唱えたそうです。
そういう教育の場を、
Kindergarten(子どもたちの庭)
と名付けたのが、
フレーベルさんです。
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その、
フレーベルさんの言う幼稚園に
必要なものは、
3つ。
それは、
積み木と、
畑と、
それから、歌。
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積み木は、
神的な子どもが、
それを通して学び成長する、
大切な贈りもの、<恩物>だと言ったそうです。
(「積み木」という玩具はこのとき初めて生まれたそうです。)
積み木は、
積み上げて遊ぶおもちゃです。
でも、
幼い子どもたちにとっては、
積み上げる面白さよりも、
もしかしたら、
積み上げられたものを、
崩す面白さの方が大きいのかも知れません。
崩すときの音がたまらないのかも知れません。
積み上げて、
崩して、
また積み上げて、
崩す。
何度でも、
何度でも、
繰り返して遊ぶ。
創造と破壊。
破壊と再生。
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ああ、
これは、
畑で、
花壇で・・・・。
命のあるところで、
繰り返される営みと、
同じと言って良いでしょう。
種を蒔き、
花が咲き、
実を結び、
いずれ土に還る。
あるいは、
種を蒔き、
育ったものが、
虫に食われる、
朽ちてしまう・・・。
そんなこともある。
あるいは、
育ったものを、
みんなで分かち合って食す。
誕生と死、
死と再生。
繰り返す命。
繰り返すけれど、
決して二度と同じようにはならない命のめぐり。
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世界には、永遠のものはない。
絶対なものなどない。
ときに、
壊れる。
崩れる。
無くなる。
死んでしまう。
だけど、
再び生まれる。
大丈夫。
また作り直すことができる。
やり直すことができる。
築くことができる。
建てることができる。
命のリズムとともに。
命のうたとともに。
そんな世界観が、
とても大切なのだそうです。
(大いに共感。)
強い国を!
強い軍隊を!
優秀な国民を!兵士を!
強く、厳しく、早く、合理的に!!!!
軍国主義的な子どものしつけが奨励されていた時代に、
フレーベルさんは、
積み木とか畑とか、うたとか・・・・。
そんなことを、
言ってはったんですね。(*^m^)
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子どもたちに必要なものが、
積み木と、
畑と、
うた・・・・。
3つが、
藤原さんの話で、
見事につながったのです。
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うちは、
ろくにおもちゃなんぞ買ったことないのですが、
たまたま、
積み木だけは、
たっぷりあるのです。
なぜかというと、
これだけは、
飽きずに、
3兄弟よ〜く遊んだから、
何度か買い足したのです。
畑もいくらでもあるし、
いつも歌ってる。
なんや、
幼稚園なんて、
どこでもできるやん♪
そして、
今、
あちこちのお母さんが、
ゆるやかにつながって、
畑を借りたり、
そこでご飯食べたり、
歌ったり踊ったりして楽しい集いをしてるけど、
それも、
フレーベルさんの言う、
立派な幼稚園や。
お母さんたちは、
たいせつなこと、
ちゃんと知ってたんや。
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あれがないと、
これがないと、
子どもは育たない。
教育できない・・・・・。
しつけないとだめ。
放っておいたらだめ、
暇にさせといたらだめだめ・・・・。
なんてね、
言う人多いけど、
そんなことないかもよ。
放っておいたら、
お酒ができるように、
放っておいたら、
味噌になるように、
放っておいたら、
パンが膨らむように、
放っておいたら、
納豆ができちゃったみたいに、
環境を整えてやって、
あとは、
放っておいたら、
子どもは勝手に発酵しちゃって、
学び育つものかも知れません。
(妊娠やお産にも言えることかもね。)
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ほとんどの人たちが、
忙しくなっちゃって、
おいしく熟成されるまで、
放っておくことができなくなったから、
見守ることができなくなったから、
ゆっくりと待つことができなくなったから、
お酒も、野菜も、
なんでもかんでも、
工場で大量に作られることが多くなった。
お店で買うようになってしまった。
そして、
腐らないもの、
死なないもの、
(色など)変わらないもの、
臭わないもの、
汚れないもの、
土に還らないものなんかが、
喜ばれるようになってしまった。
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子どものことも、
放っておいたらダメだと思って、
子どもの中から、
何かが芽生えるのを、
何かが育つのを、
待ってられないと思うようになって、
見守る余裕もなくなったりして、
その子に合うとか合わへんとか、
好きだとか嫌いだとか、
関係なく、
学校という枠の中へ、
誰も彼もいっしょくたにして、
入れてしまおうとするようになったの・・・・・かも。
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どの子もみんな、
自分にちょうど良い、
Kindergarten〜子どもたちの庭〜と、
出会えますように。
あちこちに、
積み木と畑とうたのある、
小さな、
Kindergarten〜子どもたちの庭〜が、
生まれますように。
そこで、
ゆっくりと、
その子の命のリズムで、
育まれますように。
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そんなイメージまで広がった、
すばらしい講義でありました。
他にも、
いろいろと興味深い話あったんですが、
わたしなりの勝手な解釈で(*^m^)、
思いつくままに、書いてみました。
そのときの動画があります。
ぜひ、
藤原さんの講義、聴いてみてくださいな〜。

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