心と体

2016年5月22日 (日)

生理のはなし

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桜が咲いていたころ、
初めての生理がやってきました。
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あ、
犬のほうですよ。
犬のほう。
(娘っ子、先を越されましたね。(*^m^))
さすがに、
お赤飯炊いたりとか、
しませんでしたけど。(*^m^)
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でも、
良かったです。
息子たちににとっても、
娘っ子にとっても、
良い勉強になりました。
生理のこと。
なにしろ、
犬のセイリは、
「もろ」やから。(^-^;
こっちで拭いてやったりも、
しなあかんし。
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ほう〜。これがセイリというものか。
こんなふうに、
血が出てくるのか。
けっこう出るんやなあ・・・・。
たいへんやなあ。
痛くないのかなあ。
などなど、
いろいろと感じたことがあるのではないかな。
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いくらわたしが、女の人の「性」について、
息子たちにさりげなく伝えていきたいと思っても、
リリーのように、
露骨に見せるということは、
ようしませんので。
(他の洗濯物と一緒に、
息子たちに布ナプキン干してもらったりは、
ありますけど。)
生き物と一緒に暮らすというのは、
いろいろと学びがあるもんですなー。
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思い起こせば、
わたしの少女時代、
使い捨てナプキンの新作が次々と出ていて、(今もそう?)
「漏れない」「蒸れない」「薄い」ナプキンのおかげで、
いつもと同じように、
授業を受けてたし、部活もやっていました。
それは、
働くようになっても一緒で、
よっぽどしんどいとき意外は、
「いつもと同じように」仕事していたものです。
「いつもと同じように」
「病気じゃないんだから」
・・・・ってのがポイントです。
あ、
これって妊娠のときと同じかも。
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わたしたちには、
長年の学校教育で培ってきた、
「しなければならない」
「するべき」
ってのが、
カラダにも精神にもこびりついていて、
そのときの気分や、
体調の変化とは関係なく、
知らず知らずのうちに、
いつも<少しずつ>無理していたと思います。
無理してるのが当たり前すぎて、
普通みたいになってしまっていた。
・・・・そんなことに、
気づいたのがここ数年。
(「みくさのみたから」の影響は大きいと思う。)
心から、
子宮を大事にしようと思ったのも、
3人目、4人目のプライベート出産を経験してから。
女の人の性について、
いろいろな本を読んだり話しをきいたりするようになってから。
だから40過ぎてから。
生理だから、
今日はゆっくりしよう。
家事も誰かにまかせよう。
自分のために、
心地よく、気分よく過ごすようにしよう。
なんて、
堂々と思えるようになったのは、
子どもたちもそれなりに大きくなって、
ごくごく最近という・・・・。
(妊娠中や産後はお休みしていましたが、)
わたくしの、
約30年以上にも及ぶ、
長いセイリ生活の、
ほとんどのときを、
自分の子宮さんをいたわらず、
思いやらず、
意識を向けず、
なおざりに過ごしてきたというわけ。
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なんか、
もったいないことしたなー。
もっと、
違う、
素敵な過ごし方したら良かったなあ。
そんな、セイリのこと、
いろいろと思い巡らしたのは、
先日の、
オーガニック&つながるつながるマーケットで、
お話を聞いたときです。
アメリカ先住民のコミュニテイで、
女性たちは、
みんな一斉に生理になったりする。
そして、
セイリになると、
「レッドテント」と呼ばれる、
特別なテントで共に過ごす。
瞑想したり、
夢をみたり(みんなで同じ夢を見ることもあるらしい)、
話しをしたりして、
セイリ中の女性の中で生まれたアイデアやインスピレーションなどが、
政策に反映されたりする。
ものごとを決めるときは、
一番歳を取った女性のところに相談しにいく。
というようなことです。
(うろ覚えですけど。)
「女性性」というのが、
家庭内だけでなく、
政治の世界でも、
とても頼りにされ、敬われ、
大切にされているなんて!
へー!
びっくりやなー。
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三砂ちづるさんの本で知ったのですが、
かつては日本でも、
生理中の女の人たちが過ごしたり、
お産がおこなわれたりしていた、
「月小屋」というものがあったとか。
何度か、
このブログでも書きましたけど。
「生理中は、
穢れてるから、
あっちへ行っとけ!」
ってかんじで、
そこに集められていたのかも知れませんが、
月小屋では、
経験豊富な女性から、結婚前の娘さんやら、
さまざまな年齢層の女性たちが集い、
性のことなど、
遠慮なく語り合うことのできる、
大切な性教育の場でもあり、
家の仕事からも解放された、
女同士の楽しい時間だったのではないかなと思います。
毎月生理のたびに、
そんなふうに過ごすことが、
許されてるなんて!
信じられへんなー。
そんなゆるやかーな時の流れの中で生きている時代が、
この国に、あったのでしょうか。
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今回、
何が言いたかったのかというと、
セイリのときは、
「しんどい」「ゆっくりする」って、
堂々と言えたらいいなと思うのです。
家族にも・・・・。子どもたちにもね。
職場にも。
「病気じゃないから」
「いつもと同じように」
しなくてもいいんだと思います。
しんどくても、
・・・・しんどくなくても、
子宮さんに意識を向けて、
いつもよりもゆっくりとくつろいで、
ぼーっとしたり、ゴロゴロしたりして
好きなように過ごせたらいいなと思います。
生理ってのは、
つまり、
女時のときやから。
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今までずっと、
「漏れない」「蒸れない」「薄い」使い捨てナプキン身につけて、
ときには、
バッファリンとか飲んだりして、
「病気じゃないから」
「いつもと同じように」
学校行ってた。
部活してた。
プール入ってた。
仕事してた。
会議に出てた。
家事してた。
うおー!
がんばるぞー!
女性だからって、
生理があるからって、
できないことはない。
不利とは言わせないぞ。
男性と同じように、
それをやる権利があるのだ!
平等やからね!
・・・・・と、
そんな色合いの濃い、
世の中だったとも思います。
わたしの母も、
きっと、
使い捨てのナプキンと共に、
そうやって頑張ってきた世代だと思います。
家事から子どものことから、仕事のことから、
ぜんぶ背負って、
20代から50代と、無理して働いてくれたんだろうなあ。
家族のために。
たまには愚痴を言っていたかもしれないけど、
当時、自分のことだけしか頭になかった、
わたしの耳には、
届かなかったかも知れない。
老後を楽しみに頑張ってきたのに、
本格的な老後がやって来る前に逝ってしまった。
ごめんね。お母さん。
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妊娠やお産のことや性のことやらブログに書いているし、
理解のありそうな夫や子どもに恵まれている、
このわたしでさえも、
小さい子どものいる暮らしの中で、
「生理のときは、
自分のカラダにやさしくする」
「ゆっくりする」
それだけのことが、
なかなかできなかったです。
「わたしがやらなきゃ」って思って、
子どもらに家のことまかせられなかったのですが・・・。
あるとき、
「セイリやし、しんどいし寝るわ〜」
このひとこと、
言ってみたのです。
(はるさんがいないとき)
そしたら、
息子たちで、
晩ごはんやら、やってくれました。
ああ、
これでいいんだなと思いました。
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こうやって、
生理のこと、
女性のカラダの快、不快や変化を、
ひとつひとつ、
伝えていくことは、
自分のためでもあるし、
子どもたちのためでもあるなあと思いました。
そして、
わたしたちの世代の後につづく、
女の人たちのためにも。
母親がオープンにしていくことで、
息子たちは、
自然と、
女性の性のこと理解してくれるかもしれない。
彼女ができたり、
伴侶ができたりしたとき、
その人のカラダのこと、
思いやられる男性になるだろう。
お互いの性の違いを尊重しあえるだろう。
そんな男性が増えたら、
世の中も変わっていくんじゃないか。
娘たちも、
生理の時間を、
大切に過ごせるようになるんではないか。
自分の性や、
身体の変化を、
おおらかに受け止め、楽しめられるのではないか。
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生理中も、
普段と変わらないように
学校行ったり働いたりができるように、
女性のためにと、研究開発された、
使い捨てナプキンや、
痛みや周期をコントロールできるような薬などが、
一方では、
女性の性を、
ないがしろにしていた・・・・のかも知れません。
(そもそも、
インスタントラーメンとか、
化学調味料とか、
身の回りにある電化製品もろもろ、
すべてのきっかけは、
家事の負担が減るように、
もっと社会で働けるように、
女性のために・・・・・ってことになるのかも知れませんね。)
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あれ?
生理の話のはずが、
話が反れてしまいました。
まあ、
というわけで、
気づいた人から、
生理の時間、
大事にしていけたらなあと思います。
わたしも、
あと何周期巡ってくるかわかりませんけど、
これからやってくる、
一回、一回を、
もっともっと自分に優しくしてゆっくりと過ごせるように、
自分の身体の変化を味わい楽しめるように、
そんな、
レッスンの時間やと思って過ごしたいなあと思います。
わたしのような年齢の人はもう遅いかも知れませんけど(*^m^)、
若い人たち、
一回、一回の、生理の積み重ねが、
大きな女力(おんなぢから)に育っていくのではないかなと思います。
そして、
一回、一回の生理の積み重ねが、
心地よい妊娠や、お産や、
母乳育児にもつながっていくのかなあとも思います。
きっと、更年期にも。
そんな時間を、
周りの男性たちが、
受け入れてくれるような世の中であって欲しいなあと思います。
アメリカ先住民のコミュニティーのように・・・・とは、
いかないまでも、
幼い頃から、
女性が、女性であることを、
誇りに思って、
女力を、
のびのびと発揮できて、
生かせていけると、すばらしいなあと思います。
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あ、そうそう。
そしてね、
レッドテント・・・・まではいかないけれど、
みんなで一斉に生理・・・・とはいかないけれど(*^m^)、
お互いの女力を育てるような、
月小屋みたいなの、
自然がいっぱいのはるやでやりたいなあと思います。
言うてばっかりで、
実現してへんけど。
今年こそは、
やるわなー!
へんぴなところですが、
来てくださいね。
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2016年2月 1日 (月)

女性性を生きる。〜保富歩さんのお話より。

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続きものみたいになりますが、
「女のからだを生きる」という話を、
紹介しました。
今回、書いてみたいのは、
うーーーん、
言ってみれば「女性性を生きる」ってかんじのことかな。
三砂ちづるさんのお話に続いて、
最近読んだ記事で、
もうひとつ、
印象的だったものです。
「女性装」をしてみたら、
私と社会はこう変わった、
東大の教授、安富歩さんのおはなし。
****************
****************
えー、
男だろうが、
女だろうが、
赤ん坊だろうが、
子どもだろうが、
若かろうが、
年寄りだろうが、
犬だろうが猫だろうが?、
みんなの中には、
男性的な性質も
女性的な性質も、
どちらの性質も持ち合わせていますね。
戦時中も戦後も、
波乱万丈の中で生き抜いた、
今は亡き、
哲学者の鶴見俊輔さんが、
ある、平和を考える集いで、
「これからは女性の時代だ」と、
おっしゃっていました。
戦時中も、
戦後も、
この国を支えていたのは、
実は女性だったのだと。
もうずいぶん昔の話です。
わたしが、お母さんになる前の・・・。
その言葉が印象的だったのですが、
安富歩さんのお話を読むと、
「女性性の時代」とも言えるのではないかな・・・。
と、
思います。
これまでは、
男性的なものが優位だったし、
求められていた。
使命に向かって突き進み、
争って勝ち取って手柄を持って帰る兵士のような、
男性的な力のおかげで、
日本は経済的に豊かになったのでしょう。
家庭でも、
獲物を仕留めて帰ってきてくれる勇敢な猟師のような(*^m^)、
男性的なものが、
期待されていたことでしょう。
今思えば、
戦争は終わったとはいえ、
高度経済成長期と言われた、
わたしたちの子ども時代の学校は、
まさに、
男性的な性質が求められる場所だったし、
家庭の中でも、
「男が泣くな!みっともない!」と、
父が幼かった兄によく言っていたのを、
覚えています。
わたしも、
学校で、
部活で、
家庭で、
一人暮らしで、
就職先で、
どんなにか、
男性的な性質をおおいに、
発達させてきたことかと思いますよ。(*^m^)
女子が、
そうやって男並みに、
働けるように、
長時間オッケーの、
月経用ナプキンとかタンポンとか、
生理痛の痛み止めとか、
開発されたのでしょうね。
まるで、
月経なんて無いかのごとくに、
たち動けるように。
月経なんて、
邪魔なもの、
うっとうしいもの、
あって欲しくないもの・・・のように、
思わされて。
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一方で、
女性的なものって、
どんなのかしら。
妊娠したりお産したり、
おっぱいあげたりすることに象徴されるように、
受け入れる性
はぐくむ性
与える性
手をとりあう性
分かち合う性
ゆったりとくつろげる性・・・。
月の満ち欠けに影響されるように、
調和する性
揺れうごく性、
そんなかんじ?
末娘見てたら、
可愛いものや小さなものを愛でるのが好き、
手仕事が好き、
人やモノのお世話するのが好き・・・。
そんなのも、
女性性って言うもんかなと思います。
もちろん、
ヒステリーになったり、
メソメソうじうじしたりってのも、
女性性の特徴かも知れませんけどね。
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わたしは、
今になってやっと、
良いイメージのものも悪いイメージのものひっくるめて、
女性的なものを、
大切に思うようになったし、
自分の中の女性性を感じながら、
暮らすのが心地よくなりました。
月の満ち欠けがからだに響くように始まる月経も、
愛おしく思えます。
それは、
三砂ちづるさんのインタビュー記事に書いてあったことにも
通じます。
・・・って言うか、
三砂ちづるさんの著書に影響受けてるかな〜。(*^m^)
でもこれは、
どちらかというと、
からだの営みの話。
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安富歩さんの場合は、
からだではなくて、
女性性の話。
安富さんは男性ですが、
家庭にしろ、
学校にしろ、
職場にしろ、
男性性を強く求められる世の中で、
生まれたときから、
周りからの期待に応えるべく、
頑張ってきはったそうですが、
生き辛さをかんじ、
あるとき、
装いを、
女性に変えはったそうです。
そうすることによって、
いろいろな「かくあるべきもの」「立場」から、
解放され、
生き心地よくなり、
仕事も人間関係も、
うまくいくようになったそうです。
たまたま、
安富さんは
女性的な装いをすることによって、
「男はこうあるべき」という強固な枠組みから、
解放され、
それが、
自分らしく生きる人生への、
突破口みたいになったようです。
とてもわかりやすいですね。
まあ、
記事を読んでくださったら、
そのへんのこと、
詳しくわかります。
わたしは、
安富さんのように、
女性装をしなくてもね、
男の人たちの内にある、
女性性をもっと豊かに表現できる世の中になると、
いいなあと思います。
うちの息子たちも、
女性性をのびのびと表現できる人であってほしいと思います。
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未だに、
社会も、学校も、職場も、
勝ったり負けたり、
競争させたり、
評価したり、
「右にならえ!」「気をつけ!」・・・って・・・。
何それ?
┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~
もろに、
男性的な世の中です。
もしかして、
この国では、
どこへ行っても、
男性性の色合いが濃すぎて、
女性的でいる方が楽な人間にとっちゃあ、
生きづらいのかも知れません。
女性的であることは、
よく思われなかった。
後回しにされた。
取り残された。
認めてもらえなかった。
許されなかった・・・・のかも知れません。
不登校と呼ばれる人たちも、
引きこもりと呼ばれる人たちも、
そんな、
男性的な世の中で、
自分の女性性に蓋をして、
無理して生きることに、
生きづらさを感じている人たちかも知れません。
男でも女でも、
みんな持っている女性性を、
大切にするような生き方を、
まずは、
家庭で、
学校で、
ありのままに、
受け入れられるようになるといいなあ。
そうすると、
もっと生き心地よい世の中になるのではないかなあ・・・。
と、
思います。
自殺やら、
性犯罪やら・・・、減るんじゃなかろうか。
男性性を、
否定しているのではないです。
男性性が発揮されてきた時代があったおかげで、
今があるとも言えます。
(今の世の中が良いとも言えませんけどね。)
その時代、時代で、
男性性と女性性のバランスも変わってくるものなのかも知れません。
夫婦のパートナーシップや、
家族の間でも、
友達どうし、同僚どうし、
上司との関係などでも、
相反する2つの性質のバランスは、
変わってくるでしょうね。
そして、一定には定まらないものだとも思います。
でも、
わたしは、
これからは、男の人も、女の人も、
もっと女性性が花開くと、
のびのびと楽しい世の中になるだろうなあと思います・・・・よ。(*^m^)
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それから、
本文より、
安富さんが言われる「立場」について。
「立場っていう単語は、
他の言語に翻訳できません。
日本独特のもの。
それが日本人をがちがちに縛り付けて
”自分でないもの”にしている」
立場を失くす、
立場を守る、
立場上できない
……何の疑問も持たずに、
私たちが普段使っている言い回しだ。
しかし、
「立場」とは何か、
いざ考えてみると、
上手く説明できないことに気づく。
立場にいる“私”は“私”ではないのか?
立場って、一体、なんだろう?
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なるほどと、思います。
「立場」、
この言葉、
よく聞きます。
だいたい、
役場とか学校とかにね、どこかの大きな組織とか団体とか。
何かお願いしに行ったとき・・かな。(*^m^)
「お気持ちは、わかりますけど、
わたくしどもの立場がありますので・・・」
そんなふうに言われます。
「命」を何よりも優先するのは、
人間として当たり前。
原発再稼働なんて、
ありえないこと。
なのに、
再稼働されてしまった。shock
どこの誰が、
そんな話、すすめていったのでしょうか。
おそらく、
なにかしらの「立場」から、
ものを言っている人たちではないでしょうか。
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立場を超えて、
本音で生きる人たちの社会は、
「ほんまは、どうやねん?」
「一体あんた何が言いたいねん?」
って、
そんな、ややこしいことが無くって、
きっと、
ひとりひとりの持ち味が生かされた、
信頼し合える、
生き心地良い世の中だろうと思います。
そして、
これからの世の中はもっと、
男の人の中でも、
女の人の中でも、
安富さんのように、
女性性がおおいに活躍できるような社会。
そんな未来を、
思い描いています。
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女のからだを生きる。〜三砂ちづるさんのお話より。

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すべての女の子が
幸せでありますように。
豊かでありますように。
前の記事でそう書きました。
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もちろん、
すべての男の子も・・・。
ですが。
もっと言えば、
男と女の2つの性だけに分けてしまうのも、
おかしいですけどね。
でもわたし自身が女子だから、
女の子どうし、
産む性、育む性のことを、
思うのです。
興味があるのです。
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最近、
三砂ちづるさんのインタビュー記事を読みました。
ここで紹介しときます。
長いけど、
ピンときたら、
読んでくださいね。
三砂ちづるさんが、
最後の方でおっしゃっている、
「月の小屋」みたいな集い、
わたしも、
やりたいなあと思っています。
*****************************
(原基→大もと、根本的なもの)
*****************************
本文より。
「生の原基」をしっかりつかむような暮らしをしていると、
生きていくことじたいが肯定できるようなものである。
人間の出産が喜びに満ちた経験である、
と伝えることは希望というものなんじゃないかと思いますね。
自分の体とどんなふうにつき合っていくのかということは、
たとえ誰も教えてくれなかったとしても、
自分で感じていかないといけない。
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女のからだを生きる喜び・・・。
わたしは、
30代に入ってから、
妊娠、お産、お産のあとの月経の再開、
母乳育児を繰り返しながら、
めいいっぱい味わっています。
喜びも・・・、
哀しみも・・・。
今、
ほんとうに、女のからだを生きることができて、
幸せやなー。
また生まれ変わったら女に生まれたい。
そう思います。
そんな思いを、
みんなと分かち合いたいです。

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2014年10月18日 (土)

実りの秋のころのお弁当他。

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朝日が当たる、小さい方の我が家と庭。
我ながら、きれいやなー。
殺風景な荒れ地だったところが、
だんだんと、いい感じになってきましたよ。
朝と夕暮れと、
美しい光に包まれます。
うっとり。(* ̄ー ̄*)
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ちょうど去年の今頃、
庭師だいすけさんと一緒に植えたりんごの木。
かわいらしいのが、3つなりました。
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居合わせたみんなで、
「ひとつ食べてみよっか?」
・・・ということで、
三男が、最初の一口いきました。
どうや?
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この顔!(≧∇≦)
「信じられない美味さ!」という顔です。
いやー、ほんまに美味しかったです。
ちゃんと「りんごの味」してました!
かんげき☆
家にりんごが生るなんて!!
春先に花が咲くだけでもいいわ〜と思って植たのに。
自家製りんごでアップルパイも夢じゃない??
もっと植えようかしら?
(欲が出る?)
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自家製りんご・・・・ではないですが、
はるさんの誕生会に、
今シーズン初のアップルパイを焼きました。
カシューナッツクリームを添えて。
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実りの秋ですね。
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みのりの秋、
そして、
損失の秋でもありました。(。>0<。)
一か八か、新たに開墾して植えた大豆、
ぜ〜んぶ鹿に食べられました。
ぐやじ〜〜〜〜〜!゚゚(´O`)°゚
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そんな、実りと損失の(ノω・、)秋のころのお弁当です。
栗入り炊き込みご飯・
きゅうりと、なすのぬか漬け。
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野菜と厚揚げの鉄鍋焼きの和風マリネ
大葉の秘伝のたれ漬け
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五目野菜の中華炒め
ほうれん草のナムル
大葉の秘伝たれ浸け
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今年は、そこらじゅうに大葉が生えてきたので、
何度も仕込みました。
大葉を自家製のたれに漬け込んだ、「ごはんのお供」です。
エゴマの葉も混ざってます。
弁当にも何度も登場してますね。(*^m^)
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ご近所の石釜パン屋さんが、
差し入れくださいました。
だから、珍しくサンドイッチ弁当!
マッシュポテト&ローズマリー風味と、
キドニービーンズのフーマス風ペーストのサンドです。
子どもら喜ぶやろうな〜。
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根野菜の素揚げのニンニク味噌和え
ほうれん草のナムル
ナスのぬか漬け
栗おこわ
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かぼちゃとサツマイモのインド風かき揚げ
厚揚げのステーキ
酢ごぼう
タマネギのくたくた煮
大葉の秘伝たれ浸け
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納豆、大葉、海苔の韓国風・・のっけご飯
ナスとごぼうのぬか漬け
けんちん汁
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栗ごはん
しし唐とお揚げのたいたん
フライドポテト
らっきょう
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インド風焼き飯プラウ
インド風天ぷらパコーラ
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タイ風グリーンカレー
太郎はんは、激辛(@Д@;にして持って行かはりました。
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焼き飯
ほうれん草のナムル
(この日は、みんなでキノコのみそ汁作るというので、
シンプルにしました。)
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がっつり、
かき揚げどんぶり
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えー、
みんな大食いのはるや一家です。
みんながお腹いっぱいなるように、
わたくし、
いつも作る「量」のこと気にしてしまいます。
「これでいけるかなあ?」
「足りひんかも知れんなあ・・。」
「もうちょっと多めに作っとくか。」
と、悩みながらも、
結局は、業務用サイズでたっぷり作ります(@Д@;。
ある意味、
毎日のご飯づくりに追われています。\(;゚∇゚)/
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ところが、
わたしこの歳にして、
やっと、小食の心地よさを味わえるようになりました。
美味しいものをお腹いっぱい食べて満たされるのから、
ちょっと、いや、
ちょっとどころか、かなり足りないかなーというくらいでやめといた後の、
身体の心地よさで満たされる。
・・・というのを、最近経験しております。
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まあ、だいたい、
ほんまにお腹ぺこぺこになって食べるというよりも、
美味しいのができた!
「うまい!「うまい!」「もっとこれ味わいたい!」「ああ、もうちょっとだけ!」
と、
脳みそが言うてるから食べてるということが多いんやと思いました。
うちの場合、
毎日のご飯が、
とっても美味しいから、困るんですわ〜〜〜。┐( ̄ヘ ̄)┌
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小食が心地よくなってくると、
今までのように、アホみたいに大量に作るのが、
アホらしくなってしまって・・・・・。
そうなってくると、
アホみたいに大量に作るために、
要している時間やら体力やら(@Д@;・・・、
そんなんも、
わたしどんだけ使ってんのか?
・・・・なんて、思ったりして・・・・。
(けっこうヘトヘトやでー。)
ご飯作るのさえアホらしくなってしまって・・・。
・・・というのは、言い過ぎですが。
まあ、でも、
子どもらは伸び盛り、育ち盛り。
元気もりもりいっぱい食べるから、
たくさん作ってますけどね。
それに、わたし、
料理は好きやし、
子どもらが毎日のうちのご飯を楽しみに、
喜んで食べてくれるのは、
わたしの生き甲斐でもあるからね。
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で、ある日、
手抜きしてみました。
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わたしなりの理由があって、
ご飯づくりに時間かけるのに気が進まんようなとき、
思い切って晩ご飯は、
「残り物だけ!」ってな夜を、つくりました。
「もっと食べたい人は、
なんでも自分で作ってや〜」
そう声かけてますけど、
だ〜れも作らへんので、
そのまま、
冷や飯とか、
栗とか、柿とか、
家にあるもんを、
各自お腹すいた時に、
好き勝手に食べてもらいました。
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そうるするとねー、
なんか、子どもらから苦情が出るかなあと思ったんですけど、
そんなことなかったです。
「腹へったー」という言葉もきかへんかったし。
翌朝、さぞお腹すかして起きてくるやろうと思ったのですが、
そんなことも全くなく・・・・。
(そのまま朝も食べずに学校行く子もいました。
大丈夫なんやろか?( ̄◆ ̄;)
へ〜。
なーんや・・・。
こんなんで、いけるんや・・・・。
(いかに、ふだん食べ過ぎてるのか??)
おまけに、
いつもならバタバタと、
ご飯作りしている時間を、
わたしは、
ゆっくり過ごすことができました。
新しい発見でした。
しめしめ、
うまくいったぞ。
これからたまにやっていこう。
・・・・というわけで、
たまに、そんな夜、
「残りものナイト」?やってます。
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でも、
そのかわり、
美味しーいもん、たーーーくさん作って、
思い切り食べるぞーー!!!!
うおーーーー!
とうい日も、
相変わらずありますよ。
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この夜は、
家族総出て、大量のおはぎ作りました。
今年最後のはるや一家の誕生会は、
2日に分けて盛大におこなわれます。
一日目の晩は、おはぎ!(だけ!)
今日は、ケーキと、イタリアン?かなー?
・・・・って、
なーんや、はるやさん、
相変わらずようけ食べてはるやん。
そう思われても仕方ないですね。coldsweats01
さて、毎年大量のおはぎを作ってるのは、
誰の誕生日でしょうか・・・。
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2014年10月16日 (木)

谷神さま。

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大河の源流にある谷神は、
とめどなく生命を生み出しながらも、
絶えることはない。
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谷神同様、
女性(器)もまた、
万物を生み出す源であり、
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そのはたらきは、尽きることがない。
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老子はこれを、玄牝
「神秘なる母性」と呼んでいる。
 ・・・・・・・・・河瀬直美 「玄牝」より。
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老子「道徳経」第六章より。
谷神不死
是謂玄牝
玄牝之門
是謂天地根
綿綿若存
用之不勤
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河瀬直美監督が、
お産をどんなふうに撮ってはるんかな〜と思って、
映画「玄牝」を観に行ってきました。
生まれたてほやほやの赤ちゃんも観たかったし。
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映画は、ともかく、
タイトルとなった、老子のこの言葉が、
すばらしいなあ、
すべてを現しているなあと思いました。
すべての命のみなもとは、女性(器)にあり、
その神秘的な営みは、
太古より絶えることなく、
疲れることを知らず、続いている。
というようなかんじかしら?
女性の身体の営みの奇跡に驚嘆し、敬っているようでもあります。
(このタイトルを、
河瀬直美監督は、映画を撮影し終わってから考えたのかな、
どうなのかな・・・・。)
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吉村医院さんでおこなわれているお産については、
ここでは触れませんが
(自然分娩といえども、
けっこう最新の設備も備わっていて大掛かりでしたね。(*^m^)
映画の中で、
命を生み出すときの女の人たちは、
みんな、
たいへん色っぽかったです。
声もね・・・。
(あ、これって、
みくさのみたからの、
イケ目、イケ口、イケ顔、イケ声、イケ腰・・・と同じでしたね!
あれは、命を生み出すときのカタチなんやねー。(*^m^))
まるで、
見てはいけない、聞いてはいけないものを、
のぞき見てしまっているような、
男女の営みをのぞき見てしまっているような
そんな雰囲気でした。
本来、お産というのは、
動物のように、静かなところで密やかに、
色っぽく(*^m^)、おこなわれるものなのでしょう。
(男女の営みを煌煌としたライトの下、
分娩台でおこなうというのは、
かなり乱暴なことですよね!)
というわけで?、
ありのままの命というものは、色っぽいものなのですね。
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それから、
登場する女性たちが、
お産を語り始めたとたんに、
雄弁になり、
いきいきと、輝きだすのが、
興味深かったです。
自分のお産の話って、みんな聞いて欲しいものなのですね。
分かち合いたいものなのですね。
辛かったお産だったとしても、
思う通りにいかなかったお産だったとしても・・・・。
わたしも、
特に、自分らだけでおこなった三男と末娘のお産を、
思い出すたびに、
その経験に還るたびに、
なんとも満たされた気持ちになり、
自信も湧いてきます。
そこは、
わたしの人生の宝物のような場所です。
お産を分かち合う場が、
あちこちで生まれていったらいいですね。
わたしも、
母屋ができたあかつきには、
そんな集いをしたいと思っています。(いつになることやら。)
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ところで、
話は、少し変わるかも知れませんが、
わたしのまわりでも、
谷神のごとく、
絶えることなく・・・(*^m^)、
だれかれが、命を生み出し続けております。
さいきん、
40歳を過ぎた友人知人たちが、
初めてのお産してはります。
すばらしいですね。
不思議ですね。
なんでもっと早くに・・・・
もっと、お母さんが若かったときに、
やってこなかったのでしょう?
(44歳やったかな?で、妊娠したときに、
わたし、ほんまそう思いました。
「なんで今頃になって、やってくるの??
せめてあと2、3年早かったらもっとリスクも少ないやろに。」
・・・・なんてね。)
「もうこんな歳やし・・・」
と、あきらめてしまった頃に、
命さんが、
ふっとやってくるみたいです。
きっと、
その命さんにとって、
「いい時」というのがあるのでしょうね。
お母ちゃんが若くてピチピチしてるからいいってもんでもなくってね。
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歳取ってから、自分勝手にやったプライベート出産の方が、
もっと若いときに、助産師さんに手伝ってもらっておこなった出産よりも、
ずっと心地よくて楽だったというわたしの経験から言うと、
年齢によるリスクのデーターというのは、
あんまりあてにならないかもね。
生まれてくる赤ちゃんが、
ちゃーーんと、いいようにしてくれるんやと思います。
赤ちゃんにおまかせです。
だから、
40をゆうに過ぎはった方たちも、
まだまだ、人生わかりませんよ。
もしかしたらのそのときを、
なんとなーく思い浮かべて、
待っていたらいいねと思います。
だって、
あなたの中にも、谷神さま、いるんやもん。
こんな小さな女の子の中にもね。
・・・・というわけで、
なんや、まとまらへん内容でしたがcoldsweats01
お産というのは色っぽいものだということと、
40過ぎても子は産める・・・という話でした。
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2014年10月11日 (土)

みのりの秋と、11・11 壷沙さんでお話会

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お山の学校の稲刈りでした。
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毎年言うてますけど・・・・。
何度見ても思うのです。
田んぼがあって、
そこに子どもたちがいて、はしりまわって、
笑い声が響いて・・・・・。
最高に、幸せな風景です。
たからもののような・・・・。
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今年もそんな風景の中に、
入ることができて、ありがたいです。
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みのりの秋ですね。
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さて、
もうずいぶんと前から、
お声をかけてくださっていた、
大徳寺前のごはん屋さん、
壷沙 さんで、
お話会することになりました。
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くわしくはこちら→

つい先日に、
「あと4席あります」と聞いています。
どうかなー。
まだいけるかな・・・。
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壷沙さんって、
名前からして素敵そうやねえ。
(まだ行ったことないのです。)
季節の野菜をつかったおいしいご飯が食べられるだけじゃなくて、
手仕事や、
からだやたべものについてのいろいろな知恵を分かち合う集いなんかも、
開いておられるようです。
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「壷沙」の由来は、
「壷中日月長」という禅語から来ています。
せかせかした日常から、
ふっと一息抜ける場所。
たとえ少しの時間でもゆったりと過ごして欲しい。
そんな思いで「壷沙」と名付けました。
壷沙さんのHPにそう書いてありました。
こんな素敵な名前をつけはった店主さん、
きっと、お料理も、
心をこめて、ひとつひとつ、
具材のお顔をみながらていねいに、
作っておられるのだと思います。
そんな素敵なお店に、
呼んでくださってありがとうございます。
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「壷中日月長」
ちょろっと調べてみたら、
「壷中」というのは、
必ずしも壷の中・・・・空間的な意味ではなくて、
時空を超越した心の別天地を表しているという捉え方もあるようです。
そして、
「日月長」とういのは、
非常に穏やかなのんびりとした時間が
いつまでも流れているということ・・・だそうです。
ほ〜う。
ええ言葉知りました。ちょっとかしこくなりました。←単純。
いろいろと、深い意味があるみたい。
お暇のある方も、ちょろっと調べてみてくださいな。
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このようなお名前のお店にふさわしいような、
ふだんのバタバタ生活から離れたcoldsweats01
心地よい時間を、
参加してくださったみなさんとともに、
紡いでいきたいと思います。
楽しみにしています。
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2014年8月 5日 (火)

キモちE (RCサクセション風に。)

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きもちよければ、

すべてよし。

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みくさのみたからの、

飯田茂実さんがよく言うことばです。

川行ってきた三男、

ごきげんさんです。

大きな声で「ありの~ままの~♪」歌ってます。

晴れ晴れした、

とっても気持ちのいい顔してます。

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次男も末娘も、気持ちいい、さっぱりした顔して帰ってきました。

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子どもら、朝起きたら ひと浴び。

日中、汗かいたら ひと浴び・・・・ふた浴び。(何べんでも。)

夕方、外遊び終わったら ひと浴び。

そんなかんじで、ちょいちょい行ってます。

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水源からの湧き水が集まって川となり、

幾つかの集落を通り、山を下り、町を通って琵琶湖まで、

はるかな旅をするこの流れ。

この流れが初めて出会うおうちが、なんと我が家です。

冷たく凍るような湧き水の川だけど、

穢れなく、澄んで清らか。

身体を浸すだけで、

身も心も清められるように感じます。

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そんな清らかな流れに、

毎日、幾度と無く身体を浸せるしあわせよ・・・・・。

ああ、気持ちいい・・・・・。

( ̄ー+ ̄)

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あ、

「気持ちよければ、

すべてよし。」

に、戻ります。

えー、つまり、これは、

気持ち良かったら、

心地よかったら、

それでオッケー!間違いないってことですかね。

何がオッケーかって?

そうやなあ・・・・・。

今ちょっと思いついたこと挙げると・・・・。

気持ち良かったら、

命が喜んで、免疫力も上がって、心も晴れ晴れと、健康になれるし、

脳ミソもようはたらいて、イケイケでなんでもできそうやし、

満たされるから、妬んだり、うらやんだり、

八つ当たりしたくなるような気持ちも生まれてこないやろし、

人付き合いもええかんじで・・・・。

・・・と、

ええこと尽くしやな。(*^m^)

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みくさのみたからをやってみて、

気持ちいいこと、心地いいことを、

ますますだいじにするようになりました。

「気持ちいいこと」「心地いいこと」

・・・これって、「快楽」とも言えますが、

「快楽」について、

なんか、いやらしいような、後ろめたいような・・・

そんなふうなネガテイブなイメージ持ってることないですか?

特に、日本人は、そんなことないかしら?

「キモちE-!」と、清志郎も叫んでいたけど(*^m^)、

(叫ぶ必要も無いけど・・・。)

わたしは、もっと堂々と、

暮らしの中で快楽求めたらいいと思いまあす。

小さな子どもたちのように。

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もっと気持ちのいい立ち方。

もっと気持ちのいい座り方。

もっと気持ちのいい姿。

もっと気持ちのいい眠り方。

もっと気持ちのいい目覚め方。

もっと気持ちのいい食べ方。

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もっと気持ちのいい、産み方。

もっと気持ちのいい、性のあり方。

あるでしょ。

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もしかしたら、

「気持ちいいこと」「心地いいこと」を、

長年後回しにしてきた人は、

「気持ちよさ」「心地よさ」を感じるところ・・・感度?が、

鈍くなってるかも知れませんけど・・・・。

でも、

もっと気持ちいいこと、心地いいことを、

家庭で、学校で、職場で・・・、

大切にしていったら、

少子化も(*^m^)、

癌なんかの病気も、

いじめも、

もしかしたら、自殺も、

戦争だって・・・・、

減るかもよ。

ローマ帝国で、戦士たちが、

日本式の温泉入ったとたんに、

なんともゆるんだ顔して和やかムードになってしまうような、

おもしろい映画、ありましたね。

(「テルマエロマエ」という映画です。)

あんなふうに、

温泉にゆったり浸かってゆるんでいたら、

戦う気なんて、失せてしまうかもね。

うちには、温泉は無くて、

冷や水ですけどcoldsweats01

子どもらは、冷や水浸かって、

緩んで帰ってきます。

温泉無くても、

大きな声でうたう、

あはははと、バカ笑い、

からだの動くままにまかせてダンス、

小鳥の歌聴きながら、ハンモックでゆらゆら・・・・。

そんな時間、だいじにしたいです。

人の気持ちいい時間も、

自分の気持ちいい時間も・・・・。

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<おまけ>

お風呂に浸かってゆるんで、気持ちいい顔、いっぱい出てきました(*^m^)。

ヨーロッパ諸国から、トルコ、イランと、

みくさのみたからを伝える旅をしてこられた、

飯田茂実さん、

これからは、

日本の東の方へ向かってますよ。

自分の命まるごとで、

気持ちいいを味わうすべ、

一度身につけといたら楽やで~。

https://www.facebook.com/events/304873873004569/

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2014年7月27日 (日)

GRAVITY~うちゅうとかちきゅうとか、しきゅうとか。

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映画「ゼログラビテイ」をみんなで観ました。

(ええのか悪いのかわかりませんが、末娘も最後までしっかり観てましたcoldsweats01。)

これこれ。宇宙の中へポ~イと放り出されているような絵ですね。↓

Zero_4


ゼログラビテイ・・・・つまり「無重力」ですが、

ほんまのタイトルは GRAVITY「重力」でした。

(なんで、わざわざ「ゼロ」付けたんかなあ?)

この映画、

どきどきハラハラのSF映画なんかな~と

思っていたのですが、

わたしの勝手な解釈では、

これは、

死と再生(誕生)のおはなしでした。

なんでそう思ったかということを、これから書きますが、

すごく偏ってそうなので、

興味無い人は、読まなくてけっこうですcoldsweats01

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まずね、

果てしない宇宙空間で、

なんと、心細いことに・・・!

宇宙船の外に出て、

(もちろん宇宙服を着てますけど)なにやら主役の人たちが作業してるんですが、

無重力の中、どこまでも飛んでいかないように、

宇宙船と、長~いベルトのようなもので繋がっているのです。

これが、わたしには、

へその緒に見えてしゃーないんですわ。coldsweats01

(上に貼り付けた画像にも、見えるでしょ。

飛行士の身体から宇宙にたなびいているベルトのようなものが。あれです。)

へその緒は、命綱みたいなものでしょ。

子宮の中にいるときも、

生まれて外に飛び出したときも。

イルカや鯨のように、

果てしなく広い海の中でお産をするものたちにとっても、

へその緒は母体と生まれたばかりの命をつなぐ、

まさに命綱だと思います。

赤ん坊というのは、

ロケットみたいに、ものすごい勢いで、

この世の中・・・・地球に飛び出すのでね。(わたしの経験上)

わたしも、

イルカや鯨のように、

水中でお産したのですが、

風呂の中だったので、

へその緒をたぐり寄せるほどではなかったですけどね。

でも、もし、海中でお産したら・・・、(一度してみたかった(*^m^))

命綱のようになると思います。

ふわ~っと、赤ちゃんどこまでも流れていきそうやもんね。そうなったらキケンですもん。

まあ、とにかく、

この宇宙服にくっついている命綱のようなベルトが、

もうずっと、

へその緒に見えて見えて、仕方なかったのです。はいcoldsweats01

そして、

この映画で、

命綱でつながっていながらも、

あの無重力状態に激しく翻弄されるシーンを観ながら、

不安になったり心もとない感じに襲われるのは、

もしかしたら、

お母さんのおなかの中で味わったことのある感覚だからじゃないんやろか、

・・・・なんて、思いました。

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まあ、それから、緊急事態が発生して、

いろいろと、ドキドキハラハラなシーンが絶えることなく続くのですが、

主役の女性が宇宙空間で翻弄されながらも、

地球に還るための宇宙船へ、命からがらにたどり着きます。

船室のまあるい空間に入ったとたんに、

宇宙服を身ぐるみ脱ぎ捨て、

ふわりと、浮かぶのですが、

からだが自然とまあるくなり、

その姿は、まさに胎児のようでした。

(みなさん、そう思いませんでした?)

果てしない宇宙の中の、

子宮のように守られた空間で、

大いなる安心のもと・・・、

癒しの・・・・感動的なシーンでした。

(↓関係無いけど、ハンモックもなんだか子宮っぽいですね。)

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しかし、そんな、子宮の中のような平和なシーンも束の間で、

また、宇宙空間に飛び出したりと、

いろいろとアクシデントが起こります。

彼女は、

ひとつ、ひとつ、強靭な身体と精神力で乗り越えてゆくのですが、

中国の宇宙ステーションにに辿り着き、

地球はもうすぐそこ。

さあ地球に還ろう!地球に向かって発車!ってときに、

エンジン切れで発車できないということがわかりました。

ああ、もう絶望的。

あきらめの境地に入り、

死を受け入れてしまいます。

酸素供給を止め、手を胸にあて、目を閉じ、あの世へ向かおうとしているときに、

地球から拾えた電波から、

偶然赤ちゃんの泣き声が聴こえるのです。

赤ちゃんの声が、彼女に染み入ります・・・・・。

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死にゆく人と、赤ちゃんの泣き声(「生」の象徴ですね)。

死と誕生。

対極にあるようで、実は、陰と光、表と裏。背中合わせ。

そんなことを、象徴しているようでした。

なぜなら、

ゆるやかに彼女が死へ向かっているときに、

宇宙空間で、かつて命綱でつながっていたが、生き別れになってしまった、

仲間の宇宙飛行士の幻覚?亡霊?を見るのです。

そして、彼が言うのです。

「発車も着陸も同じようなものだ!」と。

「・・・landing is launching, it's the same thing.」

観たのは吹き替えで、ですが、ほんまのセリフはこうなっていました。

これ、

わたしには、「誕生(着陸)は死(発車)であり、死は誕生でもある。同じこと」

と、解釈しましたよ。

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そしてなんと、

「発車も着陸も同じようなものだ!」という彼からのメッセージがヒントになり、

彼女はエンジン切れだった宇宙船を、

奇跡的に発車させることができました。

死を選択していた彼女は、

生へと力強くシフトを変えました。

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それから次の場面、

彼女の宇宙船が、

無数の壊れた宇宙船のかけらたちと、

火花を散らしながらものすごい速度で、競うようにして、

地球に突っ込んでゆきます。

これがまた、

わたしには、

卵子に向かう精子たちに見えたわけ。

受精のシーンの動画とかあるでしょ。

あれとほんとによく似た構図でした。(わたしにはそう見えたのでした。)

このとき彼女は船室で、

生きるか死ぬか、その2つしかないけど、

「最高の人生だったわ!」と叫んでました。(ほんまにセリフはどんなんやったんかな?)

死を目の前にして、

娘さんを失ったことなど・・・、

過去にあった悲しい出来事もすべてひっくるめて、

自分の人生にYES!って言えるなんてすばらしいですね。

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そして、

母なる地球の、母なる海・・・・ではなかったな。

カエルさんがいたから、湖のようでした。

そこに着陸しました。

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このときに、

宇宙船から脱出するタイミングが間に合わず、

宇宙船ごと水中に深く、深く、沈んでいってしまいます。

船内で溢れる水の中、

命がけで脱出。

水の中へ勢いよく飛び出していきました。

宇宙服を脱ぎ捨てます。

つまり、また、ある意味で命の誕生を連想させるシーンです。

そして、、これってつまり水中出産と同じなのです。

無重力の世界から、重力の世界へ突然移行する前に、

ワンクッション置いて、

水の中へ産まれてくる水中出産。

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その後、無事に、水面に・・・・母なる湖に抱かれて、

気持ち良さそうに、浮かんでいました。

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そして、陸にたどり着くのです。

空気の濃厚さを、

土の感触を、匂いを・・・・、

そして、重力を味わい、喜びに満ちているようでした。

最後は、

身体の重さを受け止めながら、

ヨタヨタと・・・だけど力強く、喜びと共に、

一歩、二歩と、

大地を歩き始めるシーンでした。

時間にしたら、あっと言う間のシーンですが、

魚やカエルさんが、ちらっと登場していたように、

すべての命は、水の中から始まって、進化をとげて

陸へと上がっていった様の象徴のようでもあったし、

母親の胎内でも、たったの十月十日で命はそのように変化をしていくということ。

その象徴のようでもありました。

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歩き始めた彼女は、

まるで、

生まれて初めて一歩、二歩と歩く赤ちゃんのようでした。

(↓ちょうど、こんなかんじかしら(*^m^)?大いなる祝福のもとに・・・。)

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彼女にとって、

再生の・・・、

新しい人生の誕生の一歩のようでしたよ。

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というわけで、

わたしにとってこの映画は、

死と再生(誕生)につながるようなメッセージが、

たくさん散りばめられていたように感じた映画だったのでした。

たいへん勝手な感想ですけど。

(うちの男子たちは、全くそんなこと思ってへんかったみたいやし。)

観てない人、

わけわからなかったでしょうね。

ごめんなさい。

それから、昨晩一度、それも吹き替えでざ~っと観たっきりなので、

あらすじなど確かではありませんので、

あしからず。

(この監督さんの、

「トゥモローワールド」という作品も観てみたいです。

こちらも、死と再生のおはなしっぽいですね。)

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うまこさん、

DVDありがとうね!

めっちゃおもしろかったわ!!

あ、おまけ。

これ観られる人は観てみてね。

すごく宇宙的です。

https://www.facebook.com/?ref=home#!/photo.php?v=10202394965107256&fref=nf

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2014年7月21日 (月)

ひとりになること

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女の人は、自分を満たすために、

「ひとりになること」が大事らしい・・・と、

前のブログで書きました。

でも、子どももそんなとこあるよなーと、

うちの子ら見てたらそう思います。

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たまに学校休むときに、

何してるかな~と観察してると、

何するでもなく、

「ただひとりの時間を心ゆくまで楽しんでる」ようなときが多いです。

「今日は大工仕事がしたかった」

「家で描いている絵のつづきをしたかった」・・・・、

なんて、

「これがしたいから休むのだ!」と、

かっことした理由があるときもたまにはありますけどね。

(滅多に無いみたいやけどcoldsweats01。)

たいがいは、

ただ気まぐれに、本や漫画を読んだり、絵を描いたり、外をぶらついたり・・・・。

「いるのか、いないのかわからん」ってくらいに、

ひとり静か~に、おとなしーく、過ごしています。

同じ空間の中にいながら、

その子とわたし、

別々の時間が流れているというかんじです。

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ただ、のんびりと、退屈に見をまかせて、

好きなように過ごしているだけなのですが、

ご機嫌さんで、

とても豊かで平和な、

満たされた時間を過ごしているように見えます。

誰も、邪魔することはできない、

大切な時間やな・・・。

今日、学校休んで、良かったね。

必要な時間やったんやね・・・。

と、

必ずわたし、そう思うのです。

(ま、ホームスクーリングしてたら、

そんな時間、ありあまるほどあるんですけどね。(*^m^)

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学校や、もしかしたら、職場などでも、

「ひとりでいること」が、

えらい、ネガテイブなイメージで捉えられているようです。

「ひとりでいること」が、

「友達がいない」「みんなに相手にされない」「暗い」

はたまた、「内向的」「引きこもり」とか、

思われる?

あるいは、本人も、

「そんなふうに思われるのイヤだ!」「恥ずかしい」・・・ってなかんじで、

複雑な感情が渦巻くようで、

堂々とひとりでいることが、できにくくなっているようです。

(ある大学の学食では、

ひとりでご飯食べやすいように、

テーブルに仕切りをつけているそうです!びっくり!

まあ、こんなこと書いているわたしも、

学生時代、グループから外れて、

一人でいるとき、

「どう見られてるかな?」と気にしているような子でしたcoldsweats01。)

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また、アン・モロウ・リンドバーグさんの、

あの本、「海からの贈り物」にも、

「ひとりになること」について、

色々と書いてあります。

「ひとりになることが、

何かうしろめたいことのように考えられている」

ひとりになるためには、

「そのために詫びたり、口実を考えたり、

自分が悪いことでもしているかのように隠さなければならないのだ」

ひとりでいたいから」という理由で、

学校や会社や、何かの誘いと断るとしたら、

礼儀知らずか、わがままか、偏屈だと言われてしまう。

・・・なんていうようなことも書かれていました。

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そんなふうに、

堂々と「ひとりでいること」が、

認められにくい世の中のようですが、

わたしは、

堂々とひとりでいられる人。

ひとりの時間を楽しめる人・・・っていいなあと思います。

そんな時間は、幼い子どもらにとっても大事なんとちゃうかなと思います。

なんでも、かんでも、

「みんな一緒に~」

「みんなそろって~」

・・・ばっかり、

言いすぎとちゃうかな。

自分の外に何かを求めたり、気にしたり、頼ったり、振り回されたりしないで、

自分を自分で満たすことのできる人。

自分でいられる人。

自分の内側に、居心地の良い楽園を創れるような人。

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いじめをする子は・・・、

もしかしたら、いじめをされる子も・・・・、

そういうのが、苦手な子なのかな・・・・。

なんて、思いました。

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2014年7月15日 (火)

「我慢」のはなし。

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「我慢してたら、ロクなこと無いなー」と、

思うようになりました。

(↓写真はうまこさんの愛馬ぶち君とうちの息子らです。)

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ほんまは、ず---っと遊んでいたいのに、

「我慢して」宿題している子。

ほんまは、弱虫で甘えん坊やのに、

「我慢して」お兄ちゃん役を演じてる子、

たまには、もっとはじけて、ふざけて、お行儀悪くしたいのに、

「我慢して」いつもいい子になってる子。

なんでもかんでも、

我慢、がまん。がまん。

「我慢することは良いことだ」

「良い子は我慢!」みたいになってますけど、

ほんまにそうやろか。

親や先生が言うように、

「我慢」して、「我慢」して、

「ちゃんと」、「ちゃんと」、

「しなくちゃ」「しなくちゃ」が、いっぱいいっぱい。

毎日が、アップアップ(@Д@;

そんな子が、

自分よりやさしい子に、

何でも受け止めてくれそうな子に、

あるいは、

自分と同じように、

我慢してる子・・・・、それを耐えてくれそうな子に、

意地悪したり、いじめたりするのではないかな。

(最近、身近なところでいじめが原因で、

悲しい出来事があったので、

いじめについて、

考えるようになりました。)

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ま、

大人の世界でも一緒なのかも知れません。

家族のためだから、

母親だから、父親だから・・・・。

常識的な、

良いお母さん、良いお父さんって思われたいもん?・・・・。

誰から?

自分の両親から?地域の人たちから?学校の人たちから?

友人知人から?職場の人たちから?

やりたいこと我慢して、

家のことに追われているお母さんいっぱいいるでしょう。

我慢して毎晩遅くまで働いているお父さんも、いっぱいいるかも知れません。

そんな、

「我慢してる人」そして、

「忙しい人」ばっかりの学校や家庭や、世の中は、

たまらんなーーー。

みんな余裕なくって、忙しくて、ぴりぴりして、

八つ当たりされそうやなー。

すぐキレそうやなーshock

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その「我慢」って、ほんまにほんまに必要かなあ?

「○○のため」って言うけれど、(言い訳してるけど)、

ほんまにそうなのかなあ?

それ、我慢しないでいたら、

そんな大変なことになるんやろかなあ???

まずは、お母さんから、

その「我慢」放り出してみたらどうかなあと思います。

「ちゃんとしなきゃ」を、手放してみたらどうかなあと思います。

洗濯もの干さなあかんけど、眠い・・・・・(/□≦、)。

後でいいやん。

どうせ雨やし、なかなか乾かへんやろ。

たまには昼寝したってええやん(*^m^)。

たまには、ご飯と漬物だけだってええやん。

お金無いけど、たまには自分にご褒美買ったってええやん。

たまには、子ども置いて、遊びに行ったってええやん。

そんなふうに、一つ、一つ。

自分が我慢しなくなって、

気楽でくつろいだ気分になれば、

子どもやお連れ合いさんにも、我慢させようとは思わないかも知れません。

子どもの、ええとこもかなわんとこも、

「ま、いいか。」と、

まるごと、許せるお母さんになるかも知れません。

なーーんにも我慢してない、

ありのままの~~♪(←息子が歌ってました。)わたし自身と、

ありのままの~~♪子ども、

どっちも大好きやで~~♪と、

抱きしめることができるかも知れません。

そもそも、

自然界の生き物にも、自然界で起こる現象にも、

「我慢」というのはありえないでしょう。

みんな、ありのままに生きています。

花が咲くの我慢したり、

蝶が卵を産むのを我慢したり、

空が雨降らすの我慢したり、台風が我慢したりするかなあ・・・。

(しつけられて「我慢」するペットはいるけどね。)

それで、不思議と調和はとれているものなのでしょう?

人間だって一応、「自然」のもんなのだから、(特に子どもは「大自然」そのもの!)

ありのままでいることが、本来の姿。

「我慢」なんてありえへんのです。(と思います。)

そもそも、命削ってまでしなあかん「我慢」って、

ほんまにあるんでしょうか?

(本当に、命削ってる人、います・・・・。)

「我慢する」ということは、

命にとって、不自然なのではないかなあ?

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そんな、

大自然な存在の子どもたち、

まるごとゆったりと、

お母さんに受け入れているならば・・・・、

(ほんまにまるごとは、難しいやろけどね。)

友達や兄弟に八つ当たりしたり、

いじめたりするような心持ちにもならんでしょう。

お互いが辛くなるほどの反抗期も、

無いんちゃうかなとも思います。

たぶん・・・・。

(うちの子みてたら、そんなふうに思います。)

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学校で、いじめ対策とか言うて、

「いじめはダメです」と、いくら口が酸っぱくなるほど言うても、

アンケート調査しても、

標語やらポスター作って教室に張っても、

道徳の時間を増やしても、

そんな小手先だけの教育では、

いじめは無くならんでしょう。

それが効果あるのなら、とっくに無くなってます。

(そんなこと、センセイたちも、気付いてるでしょ?)

学校も、家庭も、

我慢してる人、

そして、

忙しくしてる人がいっぱいやもん。

センセイも忙しい、

生徒も忙しい、

親も忙しい世の中ではなあ・・・・。

「忙しい」とは、

「心」が、「亡くなる」と書くのです。

心、亡くなってしまってはなあ・・・・・・。

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そんなわけで、

我慢するとロクなことは無いし、

家族のためや、世の中のためやと我慢してても、

ありがた迷惑(≧ヘ≦)!

最近、そう思います。

だから、

わたしも、

我慢やめよう。

(・・・・・とか言いながら、

長年の思い込みが染み付いて、

我慢するのが癖になってるもんです。)

そんなとき、

絶対我慢しない人、

つまり、大自然そのものの人。

この人が、わたしのセンセイになります。

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